アイルランドの殴られ男
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記事: 追立 直彦(ライティング・ゼミ平日コース)
1998年の夏。はじめて降り立ったダブリン空港は、カビ臭い匂いがした。
空港に降り立つと、その土地ならではの匂いを感じるという。
三日前に寄港したシャルル・ドゴールでは、ずっとエキゾチックなパフュームが漂っていて、さすがフランスだと合点がいったものだった。ちなみに、日本の空港に到着した外国人の鼻には、ソイソースの匂いが印象に残るらしい。これも納得。
ぼくら夫婦にとって、新婚旅行の最終目的地だったアイルランド共和国。
パリ・ロンドンを経由し、ようやく辿り着いたかの地で嗅いだ匂いに、なんとなく違和感を覚えながらも、(カミさんはともかくとして)ぼくのテンションは最高潮に達していた。
北大西洋、ユーロ圏の果てに位置するアイルランド。
この国のことを知っている日本人は、どれくらいいるだろう。
ぼくが訪問した90年代後半よりは、やや増えているのではないか。特にサッカーやラグビーの世界では、アイルランドは強豪国のひとつに数えられている。呑み助ならば、ギネスビールやアイリッシュウイスキーの産地としてご存じの人も多いだろう。
ぼく自身は、アイリッシュ(ケルト人)の伝統音楽であるケルトミュージックの神秘性に魅了されたことが、この国の歴史や文化を知る、最初のきっかけとなった。それともうひとつ、さまざまな情報から自分なりに分析した、アイルランド人の、いかにも人間らしい気質に惚れたことも挙げておこう。
ぼくがイメージしている、アイリッシュ気質はこんな感じ。
「誇り高くて情熱的。チャレンジング。人生の楽しみ方を知っている」。
しかし、裏を返すとこんな表現にもなる。
「思い込み強く短気。無謀な賭けもなんのその。音楽と酔っ払いのクダに彩られた人生」。
誤解しないでほしい。いずれも愛すべき存在として表現している。
英語はほぼわからないものの、ぼくは、そんな地元民との交流を、おぼろげながら楽しみにしていた。いざとなれば、英語が多少わかるカミさんを介せば、なんとかなるだろう。そう楽観していたのである。そして、そんな交流の機会は、ダブリン滞在初日の夜にして、思わぬところからあらわれた。
初日の夜は、とにかくパブ(庶民的なバー)に行きたかった。
ダブリンの繁華街のひとつ、テンプルバーは、そんな伝統的なパブが何件も軒を連ねる観光名所。従って、観光客仕様のお高い料金設定にもなっているのだが、当時のぼくらはそんなことも露知らず、観光ガイドブックが導くままにその地区を訪れた。
ひときわ賑やかそうなパブに入店、ハーフパイントのギネスをオーダー。
店内は照明控えめ、ポップミュージックが大音量で響いていて、カミさんと会話するのもひと苦労だ。見渡すと、白人のお客さんが目立つが、地元民かどうかはわからない。みんな、同伴者との話に夢中なのか、隅っこでおとなしく飲んでいる東洋人に気がつかない。ギネスをすすりながら、イメージとちがうなあ、と独りごと。
ぼくが妄想していたパブ。地元のお客さんが、手ずから楽器を引き寄せてアイリッシュ音楽を演奏し、カウンターチェアから垂れさがる足もとは、リズムにあわせて小気味よいダンスを披露している。陽気な酔っ払いが、気さくに話しかけてくる。やあ、ようこそ! どっから来たの! なんて。
最初のお店は、一杯だけで退散。そのあとも一軒寄ったが、どうもしっくり来ない。ぼくらはほろ酔いつつ、まあまあだったねえ、なんて笑いあいながら、ホテルに戻るべく店を出た。
テンプルバーに沿って流れるリフィー川。そこに架かるきれいな橋を渡ろうとした時、その闖入者はあらわれた。痩せぎすの男。夏だというのに、ニット帽をだらしなくかぶり、Tシャツにジャンパーという恰好である。その男が、「Excuse me, sir.」と、人懐こい表情でうしろから話しかけてきたのである。彼を一目見たとき、ぼくは(ミッカーだ!)と心のなかで声を漏らした。
ミッカーとはだれか。
80年代前半、経済不況の真っ只中にあるダブリンを舞台にした、91年公開の映画「コミットメンツ」の登場人物である。「おれたちはヨーロッパの黒人だ」と主張する貧しい労働者階級の主人公が、仲間を集めてソウルバンドを組み、一発ぶち当てようと活躍する物語だ。ぼくのお気に入りの一本である。
ミッカーは、その仲間のひとりだが、とにかく粗暴でトラブルメイカー。人懐こくて侠気もあるけれど、カッとなると手が付けられない程に暴れまくる。つまり、前述した裏返しのアイリッシュ気質のイメージに、そっくりハマるのが、このミッカーなのだ。
その彼がそろそろと近づいてきて、ボクシングでもするかのような身振り手振りで、ぼくに何事かを持ち掛けてくる。盛んに「Hit me!」「10pounds!」と、口走りながら。
大体、云わんとすることは想像がついたのだが、念のためにカミさんに「なんて言ってるの?」と聞くと、カミさんは、呆れたような薄笑いを浮かべながらこう言った。
「おれを殴れ、イライラがすっ飛ぶよって。一発10ポンドだって。」
いやいや、イライラしてないし。高いし。ミッカー殴ったら、殴り返されそうだし。
「ノーサンクス、ノーサンクス」
ぼくは、しつこく追いすがるミッカーに、必死にカタコト英語で拒みつつ、とにかく早歩きで橋を渡り切った。ミッカーは、渡り切った橋のたもとで足を止め、最後に何事かを叫んで、もとの向こう岸まで帰っていった。
98年のアイルランド、ダブリン。
映画「コミットメンツ」の舞台となった80年代と比べると、経済的には活況を呈していたはずだ。でも、どんなに活況を呈している国にも、その恩恵を受けられない貧しい人々が存在していて、なんとかしてその日暮らしの生計を立てている。彼もそうだったに違いない。殴られて手に入れた10ポンドは、たちまちのうちに酒代に消えるのかもしれないけど。
殴ってあげればよかった、と今では思う。
当時は、10ポンド(1,000円ちょっと)を高いと思ったし、なにしろ風貌がミッカーだったから恐怖感に駆られたのかもしれないが、意外と愛嬌のある顔つきだった。一発ぶん殴ったあとで、愛すべきアイリッシュと、つかの間の交流が出来たのであれば、それはそれで僕の希望するところだったのではないか。もしかしたら意気投合し、そのままテンプルバーのパブに逆戻り、ささやかな祝杯をあげていたかもしれない。
もう、さすがにリフィー川の橋のたもとに彼はいないだろうし、ぼくもいつまたダブリンを訪れるかはわからないけれど、再会したら、今度こそ躊躇なくぶん殴ってやろうと思う。そして、本当に地元民しか行かないようなパブで、ふたりして乾杯するのだ。ダブリン万歳!って。
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