おひとりさまのバレンタイン
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:ツキノワ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「もうすぐ2月だねー! 今年はいつ行く?!」
LINEの、いつものトークグループに呼びかける。
「また仕事終わりに行くよね?私は今のとこ、どこでも融通きくよー」
「最初の金曜日が部署の飲み会やから、できたら翌週がいいなぁ」
ぱらぱらと返信が返ってきて、4人でスケジュールを合わせていく。
LINEグループのメンバーは、よくつるんでいる、職場の独身女子たち。
入社してから十数年の付き合い。寿やら子育てで退職していく同期や後輩を、一緒にたくさん見送ってきた。それぞれにいた、社外の独身の友達も数が絞られてきたのも加勢したのだろう、30歳を過ぎた頃からグッと距離が縮まった。
ここ数年、わたしたちのお遊びのひとつが、百貨店のバレンタイン催事場に繰り出すこと。2月が近づくと、まるで恒例行事のように、日程を決めていく。
「今年もあげる人、おらんわぁ」
相手がいないことを嘆く言葉を呟く時期もあったけれど。
「おんなじコト、何年言ってるやろなぁ(笑)」
不安は常に抱えているけれど、このイベントに限って言えば、サラっと笑ってやり過ごすようになった。
「世間的にも、もうチョコレート好きのための祭典やんなぁ」
とは、仲良しメンバーの言葉。
チョコレート売場の横を通ったときに目にした、ポップのメッセージも「大切なあの人、お世話になっているあの方に。もちろん、自分にもご褒美を」。
もちろん――そう、催事場においては完全に、バレンタインは自分のためのイベントに変容している。特別なチョコレートを贈る相手がいなくたって、後ろめたい思いはしなくていい。大きな顔して自分の楽しみのために参加できるお祭りなのだ。
私は、気心の知れた彼女たちと仕事帰りに百貨店のバレンタイン売場に行くのを、毎年楽しみにしている。ひとりで乗り込んだこともあるけれど、皆と行く方が断然楽しい!
催事場に並ぶチョコレートは、ちょっとお高い。
見た目も可愛くて華やかなものも多くて、見ているだけでも楽しいのだけれど、気になるからといって、スーパーのお菓子のようにはいくつも買えない。
普段、ウィンドウショッピングをしていて、買う気のないところに店員さんが近づいてくると気まずい気持ちになる、それと似ている。
別に売り子さんは何も言わないけれど、小さなブースに立って、私の「これ、ください」を待っていらっしゃる。
「や、見てるだけなんです。買うかどうか分からないんです」
私も口には出さないけれど、売り子さんに対して、いちいち心の中で釈明してしまって、楽しみきれない。
それが、複数人で行くと、”私と売り子さん”の関係が崩れる。私は、”私と友達”の時間、”わたしたちとチョコレート”の関係に専念できるようになるのだ。
私はまだまだバレンタイン初心者だけれど、メンバーの中には何年もかけてそれなりに攻略している子もいて、オススメのブランド(?)を推薦してくれたりもする。
「ここのクリームチーズのチョコがめっちゃ美味しいねん!」
お目当てのコーナーを探し当てて、ちょっと熱っぽく宣伝してくれる彼女。そこへ、スッと差し出される、爪楊枝に刺さった一片のチョコレート!
待ってました、催事場の醍醐味のひとつ、試食!
お店によっては試食を用意してくれている。
チョコレートは甘さの好みも様々。チーズにお酒に紅茶、フルーツ……。テイストをどれかに絞っても、フレーバーの効き方も様々。見た目と説明書きだけじゃ分からん!
あの人に贈る、よりも、自分のしあわせの一箱を選ぶんだから、吟味に吟味を重ねたい!だから、テイスティングはとってもありがたくて、嬉しい制度なんだけど、ひとりだとこれをゲットするのがまた一苦労なのだ。
試食を配る売り子さんの前は流れも早くて、要領よくやらないと食いっぱぐれる。ひとりだと右往左往した挙げ句、心折れて退散することになる。
けれど、皆で行くと、売り子さん前の陣取りが格段に有利になる。なんならさっきみたいに押しのチョコレートがある彼女が
「絶対美味しいからここの試食、食べてみて!」
と、売り子さんに加勢する(?)ように、チョコレートがこちらに渡る道筋までつけてくれる。
友達からの強力な口コミと確実なテイスティングで、”今年の一箱”を選ぶと、確実な仕事をやり終えたような達成感。
そして、最近催事場のメインになりつつあるのはソフトクリーム。持って帰れない、その場で食べなきゃいけないなんて、バレンタインがまさに自分のためのイベントである証拠でしょう。
片手に小さな紙袋をぶらさげて、もう片手にチョコレート色のソフトクリーム。
「美味しいねー!」
チョコレート売場に職場に世間の荒波、いろんなシーンでの戦友ともいうべき彼女たちと分かち合う甘いひととき。
来年はどうなってるのかなぁ――
そんな気持ちをちょっぴり抱えながら、おひとりさま女子の私は、今年も自分のためのチョコレートを選びに繰り出すのだ。
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