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【イヤイヤ期の大失敗が支えてくれるもの】


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ただくま みほ(ライティング・ゼミ 日曜コース)
 
 
「あれ乗る!」
 
岐阜市立図書館の一階フロアで、1歳11ヶ月の子どもが指さした先にあったのはエスカレーターだった。
 
「自分で!」
 
「え、自分で?」
 
3ヶ月ほど前から、いわゆるイヤイヤ期が始まっていた。オムツを換えるのも「イヤ」、ご飯を食べるのも「イヤ」、ひどい時は名前を呼んだだけで「イヤ」と言われる。
 
あまりに「イヤ」と言われるので最初のうちはこちらもイヤな気分になっていた。だが一度、こちらの思いと行き違い、子どもが吐くほど泣いたことがある。その時から「これは自尊心に関わることなんだ」と感じ、命の危険がないのであれば出来る限り本人の好きなようにさせるのが良いのだろう、としてきた。
 
実はこの日は心を決めていた。「休みの今日一日、この人の『イヤイヤ』にとことん付き合おう!」と。
 
「よし、じゃあ手をつないで一緒に乗ってみようか」と提案した。
「イヤっ!!」
 
「じゃあ」と後ろから服の襟を軽くつまんで……と手を伸ばすと、「イヤっっ!!」
ふり払われてしまった!!
 
言葉を失った。
うちの子は歩き出すのが遅かった。まだ自分でちゃんと歩き出して5ヶ月ほどだ。歩き始めたのなんてつい最近、という気持ちの私である。今までももちろんエスカレーターに乗る必要のある時は抱っこしてきたのだ。
 
それをいきなり、手も繋がず乗る!? そんなのムリ!
大体、こちらは今このタイミングで一人でエスカレーターに乗ってくれる必要なんて全然ないのだ。抱っこで何がいけないんだ。
 
口をついて出そうになるのをグッと飲み込んで、言葉を選ぶ。
「だって危ないから……」とこれまた、口にしそうになって間一髪で止めた。
危ないのは本当だけど失敗してケガするという確率が100%というわけではない。
食い入るようにエスカレーターから目を離さない我が子。その横顔を言葉なく見つめた。
 
ふと、「この子が大人になって『南極探検に行きたい』と言ったらどうする?」と心に浮かんだ。
南極なんか行ってくれなくていい。やめてほしい。だけど、それは不安になりたくないという親の都合なのではないか。怖いけど本人が望むことはできるだけ応援したいのが私の本心じゃないのか。
 
私自身、ロッククライミングや雪山登山を「やりたい」と言った時、親には反対されなかった。
私が今ここで「危ないから」と子どもに反対するのは本人の力を信じてあげないことになるような気がした。ここでも「自尊心」というキーワードが浮かんだ。
 
覚悟を決めた。
「よし! じゃあ行こう! ママも行くよ!」
 
荷物はよそに置き、いざエスカレーターの前へ向かった。
ギリギリのラインに立って息を飲んだ。子どもは次から次へと出てくる階段に一歩が踏み出せない。そうこうしているうちに後ろからお客さんがいらして「どうぞ」と譲るの繰り返しだ。
 
ちょっとでも服を触るのも怒られるので、ただひたすら子どものすぐ側に立ち、何かあったらすぐに抱き上げられるように、こちらも緊張して構えるしかない。
 
何分経った頃か、ようやく一歩が踏み出せて乗ることができた!!
「ほーーーー」っと息をついた。
「ほら危なかったでしょ」と口から出そうになったが、その言葉は子どもに対して失礼になるような気がして飲み込んだ。気が付いたら、汗びっしょりだった。
 
無事に上りのエスカレーターから降りると、今度は「こっちも」と、下りのにも乗る、という。下りこそ危険だ。
 
「エレベーターもあるよ。階段もあるし」などと気を逸らそうとするが全く聞き入れない。この人は私の決心を知っているのか? 今日がこの日じゃなかったら良かったのに! だが、これは私自身への約束でもあるのだ。行くしかない!
 
「わかった。行こう」
二人で下りのエスカレーターの前に立った。階下を見下ろすと、ほんと勘弁してよ、と思うほどの高さだ。一歩間違ったら……息をするのも忘れるくらいの真剣さで床のギリギリまで足を出す。何度も自分の足の置き場を踏み直して子どもの横で構えた。子どももすごい緊張感の中でなかなか一歩が踏み出せない。
 
子どもが意を決して一歩を踏み出し、私もその瞬間、同じ段に飛び乗った。
「ふぅううううーー」もう、遠慮なく息を吐かせてもらった。アンタも怖かっただろうが、こっちだってマジで怖かったんだ!
 
でもやはり言葉に出して「ほら危なかったでしょ」と言うのは控えることにした。それを言っちゃ今日の私のトライも大無しになる気がして。
 
そうするうちに、下りのエスカレーターの終点が近づいてきた。
「これでもう終わりだ」私はホッと胸をなでおろした。そして子どもが降り立つ瞬間、つい子どもの後ろ襟を、ひょいと摘んだ。
 
「しまった!」思ったが、もう後の祭りである。
エスカレーターから降りた子どもは、怒りに怒った。床にひっくり返って、手足をばたつかせ、フロア中に響き渡る声でギャアギャア泣き叫んだ。
 
痛恨のミスである。正直に告白すると、やはり「心配したんだから」という恩着せがましいような気持ちがあって、無意識にそんな行動に出てしまったのだと思う。
 
人々の注目を集める中、私はうなだれるしかなかった。
「もう終わっちゃったんだから仕方ないよ」
「なんだかんだ言って、行ってこれたんだからいいじゃない」
情けない私の声は子どもの喚き声にかき消された。
 
今思い出しても恥ずかしくなる。最後の最後になんてアホなことしてしまったんだ。何のための覚悟のチャレンジだったのだ。
 
泣き続ける我が子に謝った。「ごめんね。自分の力で行きたかったよね」
子どもは喚き散らしから「ヒクヒク」と少し落ち着いた泣き声になった。
 
「もう一回行ってくる?」
その言葉に子どもは泣き止み、立ち上がった。
かくして私達は第二幕に挑戦し、今度はやりきったのであった。
 
その後、いろんな場所でエスカレーターを見かけたが、子どもが「自分で乗る」ということは言わなくなった。気が済んだのか、「危ない」ということを自分なりに体験したからか。もっとしっかりして、手を繋いで乗れるようになってきて、今にいたる。
 
子どもは3歳になった。イヤイヤ期の思い出として時々この時のことを思い出す。初めての子で初めてのイヤイヤ期。最初はとまどったけど、だんだん付き合い方がわかってきた。そして、覚悟の真剣勝負と大失敗を経験させてもらえた。
 
母親業は何年続けていても子どもが成長すればしたで初めての経験ってあるんだな、と思う。そのたびに真剣勝負があり、時には失敗もある。これからもそんな経験をさせてもらえるのだろう。
 
失敗して、もしそれが「子どもにとって失礼なことをしてしまった」と思ったら、これからも謝ろう。私のことだ、きっとまた何気なくやらかしてしまいそうな気がする。
 
でもそのたびに、子どもに真剣に向き合おうと思う。いつだって、今ここから再スタートできるんだ。いや、するしかないんだ。
 
イヤイヤ期の大失敗がこれからも支えてくれる。
 
 
 
 
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2020-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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