メディアグランプリ

すべてはジャムのクレームから始まった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高林忠正(スピード・ライティングゼミ)
 
 
百貨店の内勤生活も9年半になろうとしていた1月下旬、突然の人事異動となった。
異動先は、フラッグシップともいえる日本橋本店の食品売場のマネージャーだった。
 
じつは食品販売の経験もなければ、業務知識もゼロ。
それでいて、内勤生活の9年半の間に店頭はすべてオンライン化されていた。
まさに新入社員レベル。いや、新入社員ならば研修によって少なくとも店頭での販売の知識は知っている。私はブランクから皆無。限りなくゼロからのスタートだった。
 
担当は輸入食品の販売で、メインは、英国直輸入の紅茶、ジャム、そしてティーサロンが2ヶ所だった。
 
ど素人同然の私が、輸入食品売場の責任者として店頭に立つのである。
仕事が見えないだけではなかった。
予期せぬこと。それは突然やってきた。
 
異動初日、午前10時の開店から30分ほど経ったときだった。
知識も知恵も持ち合わせていない自分にとって、まさに「失敗するんじゃないか」と緊張しきっていた。
レジスター脇の電話が鳴った。外線である。
「お待たせいたしました。こちら……」と言いかけたそのとき、一呼吸間を置いて、いきなり耳元で叫び声がした。
 
「あんたんとこのジャムって、なんなのさぁー!!!」
ご婦人だった。
あまりのボリュームに受話器を離した。
 
「……」
驚きのあまり声がでなかった。
金縛りになったように身体が固まってしまった。
 
「ジャムよ、ジャムなのよ、変なものが入ってんのよ。聞いてる?!」
 
それは、英国製ジャムの異物混入だった。
(とにかく現物を見なくては)と、取るものもとりあえずお客さまのご自宅にうかがった。
 
あいさつどころではなかった。
「ちょっと、これご覧なさいよ」
玄関で仁王立ちしている奥さまからジャムを渡された。
 
マーマレードジャムだった。
フタを開けると、マーマレード特有の甘酸っぱい香りがした。
(このジャムのどこに?)
奥さまと目が合った。“よく見なさいよ”というオーラを感じた。
 
すると、2センチほどだろうか。
かすかなものが見えた。
それも何やら糸のような、それでいて特別に細くて、巻いていて黄色、いや少し光っている。
オレンジ色のジャムと同系色でありながら、明らかにオレンジの繊維ではない。
 
(なんだろう、これってもしかして、ひょっとして、いやそんなことはあるわけがない。だけど金髪?)
 
「あんたんとこは、こんな品物を売ってんの?!」
 
もう奥さまの顔を見ることができなかった。
「ジャムに金髪」という事実に衝撃を受けた私は、そのあとどうやって社に戻ったかまったく記憶がない。
 
帰社してみると、古株の女性販売員から言われた。
「またありましたか」と。
今までもあったという事実。
一人ではどうやって対応するのか判断できずにいた。
 
それからである。
毎日のようにジャムに金髪混入の電話が入るのである。
 
理由は明らかだった。
ちょうど英国製のジャムと紅茶のセットが数種類、折からのギフト需要の高まりから進物品としてのトレンドになったのである。
 
プレゼントを受け取ったお客さまが、いざジャムを召し上がろうとしてフタを開けると、なんだろう?
これってなに?
「まさか、天下の◯◯(私の勤務している百貨店の名前)ともあろうものが、こんなことってあるの!?」という感情を爆発させながら電話をされてくるのである。
 
ジャムのラベルに記載されている商品の責任の所在は、日本橋の本店の食品売場である。
つまり私のセクションにダイレクトにクレームの電話が入るのである。
朝と言わず、昼といわず、もちろん夜間も。
 
異動して1ヶ月の間に50件以上の金髪混入のクレームが寄せられた。
 
輸入食品売場のセールスマネージャーという肩書は、完全にクレーム担当マネージャーとなっていた。
 
初めのうちは、分からないながらもお詫びをして、品物をお取替えしていた。
地方のお客さまの場合は、手書きのお詫び状とともに新しい品物をお送りしていた。
 
しかし、さすがに「日々新た」に接しているつもりであっても、好ましくない慣れが生じていた。
 
店内が特に混んでいる祝日の昼下がりだった。
配慮のない電話対応がお客さまの逆鱗に触れてしまったのである。
「今すぐ来い」と言われた私はその日、ブルーベリージャムを片手にのぞみ号で、東京ー大阪間を往復することになった。
 
(なんでこんな思いまでしなくちゃいけないんだ)
帰りの新幹線の車中で、連続する商品クレームに感情が爆発する寸前だった。
 
翌日は電話ではなく手紙によるジャムのクレームが寄せられた。
 
事務所でお客さまからの書面を見た私は思わず、「詫び状もコピーしとくか」とつぶやいたそのときである。
 
「ちょっと待て」
背後からの声に驚いて振り向いた。
 
声の主は、隣のセクションの定年を3ヶ月後に控えた山本(仮名)さんだった。
食品販売40年のベテランというよりもレジェンドとも言われていた。
 
「お客さまは100人いらっしゃれば、100人とも感じ方は同じじゃないんだ」
 
はっきり言われたことで、一瞬むっとした。
(人のことも知らないでよく言うよ)とも思った。
 
しかし私は山本さんの目ヂカラに圧倒されてしまったのである。
 
「クレームのひとことひとことを、自分の都合のいいように解釈してないかい?」
 
ドキリとした。
 
「人ってものは、他人の言うことを自分の都合に合わせて曲げたり、消したり、しかも一般化したりするんだ」
 
(そんなことないですよ)と言い返したかったが、まさに図星だった。
あまりのクレームの多さに、手抜きを覚え始めていたときでもあった。
 
「君にとっては、100回目の異物混入であったとしても、お客さまにとっては初めてのできごとなんだよ」
 
お客さまが召し上がろうとしたジャムに異物が入っていたときの衝撃、ショックを想像できないようなら販売員として終わり。もう辞めたほうがいいというのである。
 
「クレームの電話を受けたなら、相手の方の視線で見るんだ。身体の感覚で感じてみるんだ。その人が今感じていることの想像から始まるんだ」と。
 
恥ずかしかった。そして衝撃だった。
お客さまの視線を想像したことすらなかった。
 
あれから20年が経つ。
「お客さまの立場で想像しているか?」
いまだに追求し続けている課題である。
 
 
 
 
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2020-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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