メディアグランプリ

ウイスキー、それは時間(とき)の伝道者


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:浦部光俊(ライティングゼミ・平日コース)
 
「55年? 300万円?」 部下たちが驚きの声を上げた。無理もない。途方もなく長い年月、とんでもない金額だ。「で、部長、申し込んだんですか?」
 
私は静かに頷いた。
 
ここ最近のジャパニーズウイスキー人気の高まりですっかり手に入れるのが難しくなってしまったウイスキー山崎。その山崎の55年ものが100本限定、300万円で販売されるのだ。
 
「でも、300万って……」 部長のウイスキーへの情熱は何度も聞いてきたけど、なにがそこまでさせるんですか? そう尋ねる部下たちに答えかけたとき、一人の先輩の姿が、ある言葉と共に思い浮かんだ。もう20年以上前になるのだろうか。
 
山崎、それは私にとって成功の代名詞。ショーケースに飾られたその姿を見るたび、いつかは飲んでみたい、山崎が似合う大人になりたい、そんな気持ちを掻き立てられた。と同時に、もしかしたら自分にはたどり着けないんじゃないだろうか、焦りや諦めを感じていたのも事実だ。若い私が未来に対して抱いていた複雑な感情の象徴、それが山崎だ。
 
そんな私に山崎を飲む機会は唐突に訪れた。
 
「今日、時間あったら飲みにいかない?」 尊敬する先輩が誘ってくれた。仕事ではお世話になっているが、プライベートでの付き合いは、ほとんどない。今までどんな経験して、どんな気持ちで生きているんだろう、聞いてみたい。「ぜひご一緒させてください」 自分でも驚くほどの即答だった。
 
連れて行ってもらったのは、閑静な住宅街の一角にあるバー。店の裏には小さな渓谷があり、小川のせせらぎが聞こえる。大人の雰囲気だ…… 気後れする私に気を遣って、先輩が注文をしてくれる。「山崎、あります?」
 
その言葉を聞いて胸が震えた。憧れの存在、山崎。それを尊敬する先輩と一緒に飲めるなんて…… 私は緊張しながらも初めて口にする山崎の味に酔いしれた。
 
「実は折り入って聞きたいことがあるんですが」 お酒が入り、二人とも口が滑らかになってきた頃、私は思い切って切り出してみた。先輩の仕事ぶりや人柄を、ずっと憧れの眼差しで見てきた。自分とは能力も経験が違うことはわかっている。でも、一歩でも近づきたい。なにか秘訣のようなものがあるのだろうか。
 
「先輩が仕事で一番、大切だと思っていることって何ですか? 成功するためには何が必要ですか」 思わず力が入ってしまった。自分が思っていたよりも大きな声が出ていた。
 
そうだな、向けられた周囲の視線に軽く頭を下げながら、先輩が語り始めた。
 
「時間(とき)、かな……」 そう言って、先輩はグラスに入った山崎を見つめた。きょとんとした顔をしている僕に先輩が続ける。「生まれた環境や、持って生まれた才能、そういったものは平等じゃないだろ?」 そんなものを嘆いても仕方ない、先輩が遠い目をする。
 
だけど……、静かに語り続けていた先輩の語気が少し強くなった。「時間だけはすべての人に等しく与えられてる。毎日、毎日、少しずつの時間を積み重ねて、それが5年、10年となった時、大きな差になっていく」 時間を味方につけることで、俺はここまでやってこられた、そう思っている、グラスを見つめる先輩の視線が熱を帯びているように見えた。
 
「陳腐な表現かもしれないけど、ウイスキーが長い年月を経て少しずつ熟成いくように、毎日の小さい変化を継続していけば、人間だっていつかきっと成長できる」 ちょっと照れくさそうな顔をした先輩は、最後にこう言った。「ウイスキーを飲むたび、いつも思い出すよ。時間は決して裏切らないってさ」
 
「そう、俺にとって山崎は、時間の大切さ、毎日の小さな変化を継続することの大切さ、それを教えてくれた先輩の代名詞なんだよ」 真剣な表情で話を聞いている部下たちに私は答えた。
 
「そして、300万の山崎55年は、先輩に対するリスペクトなんだよ」 あの日以来、私は先輩の言葉を胸に刻み込んで生きてきた。今の私をつくるもの、それは先輩のあの言葉だ。たとえ目には見えないような変化でも、一つ一つを積み重ねていくことで、大きな成果を生み出せる。山崎55年を見るたび、私は先輩を思い出し、改めてその言葉の重みを受け止める。時間は決して裏切らない、と。
 
「部長!」 ひとり思いにふける私に部下の一人が声をかけてきた。「55年もの、手に入ったらぜひ飲ませてくださいね」
 
何言ってるんだよ、お前たちにはまだ早い、そう思いながらも思い直した。55年の山崎も惜しくはないか。時間の大切さ、継続することの尊さ、それに気付くきっかけになるのなら。そして、ウイスキーを飲むたび、きっと彼らも次の世代に伝えてくれるだろう、あの時、あの人がこんなことを教えてくれましたよと。
 
 
 
 
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2020-02-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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