失敗はオッケー!!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:高林忠正(スピード・ライティングゼミゼミ)
その半年間、私は「失敗はオッケー!!」と言われ続けた。
入社以来10年間の常識とは真逆の世界。
気づいたら自分から動き始めていた。
そして、「お客さまは何をお望みだろう?」という問いが生まれていた。
百貨店に入社後、フラッグシップの日本橋本店に配属された私にとって、恥ずかしいことに店頭はいつもお小言を言われる場所だった。
お客さまに喜んでいただこうとしても、どうしてもそぐわない対応をしてしまうのである。
良かれと思うほど、うまくいかなかった。
「良い接客をしなくちゃ」と思うと、肩に力が入ってしまうのである。
具体的には、お客さまが欲しい品物を、ふさわしいタイミングで提供することがなかなかできないのである。
お客さまが重い荷物を持っているときも全然気にも留めなかったり、そっとして欲しいときに、「こちらはですね……」などと余計なひとことを言ってしまうのである。
ひとことで言うと、間がよくないのである。
当然のことながら、お客さまからは「気が利かないなぁ」とあからさまに言われるようになっていた。
大小さまざまな粗相をしていると、上司からは「入る会社間違えたんじゃないの」と呟かれた。
いつの間にか私には、百貨店にとっての有り難くない符丁(ふちょう)がつけられていた。
符丁とは、店頭のなかだけで通用する言葉で、社員同士がおたがいにお客さまに知られないように使うものである。
それは、「ウロコ社員」である。
ウロコとは魚の鱗から来ている。
鱗の形は三角。
つまり、ウロコ社員とは三角印の社員を意味する。
イケてない、だめな社員の称号である。
一度そんなレッテルが貼られてしまうと、リカバリーはカンタンなことではない。
少しでも芳しくない行動をしようものなら、「またおまえか!」と言われるのである。
お客さまからご指名のかかる先輩を見ていると、同じ店舗でありながら、自分とはまったく違った世界にいる人のように感じ始めていた。
自分なりにあがいているのに、上昇する見込みはまったく見えなかった。
20代は会社員生活の基礎であり、ロケットスタートのときと言われていたが、ローンチの兆しさえなかった。
そんな私に転機が訪れた。
30歳の誕生日の1ヶ月後、人事異動の辞令を受けた。
通常、都内の店舗への異動が一般的だったが、異動先は首都圏近郊の県庁所在地にある支店だった。
ナンバーワンの業績を誇る本店から、規模も大きくなく売上が良くない店舗への異動。
送別会で送られるとき、ご栄転とはいい難い印象を持たれていることを感じた。
しかし、不思議に自分のなかではスッキリした気持ちが生まれていた。
まさに「三十にして立つ」。
ウロコ社員と言われて久しい自分にとって決して早くはないが、新しくスタートを切るという意識なのかもしれなかった。
異動初日、私は誰よりも早く新しい店舗に入ろうと心に決めた。
今までの自分を振り返っても、良いも悪いもない。
自分が原因サイドに立った行動を取ろうとする現れだった。
心と身体とは一体となって、変化への責任は自分にあると思い始めていた。
午前8時半、社員通用口から入ったところ、店内は真っ暗だった。
日本橋本店ならば、朝から煌々と直接照明が点いているはずなのに、ここでは真っ暗闇。
開店から1時間半前の店舗は、経費削減のため必要最小限の照明しか点灯されていなかった。
新しい職場は5階のフロア。
天井の非常灯を頼りに歩いていたそのときだった。
「いらっしゃいませ!」
暗闇から若い女性の声がした。
新人の彼女は開店準備のため、品物にかかっている白い布10数枚をたたんでいるところだった。
「私、平川と申します。よろしくおねがいします」
私は知られていた。
日本橋に比べて社員の評判も決して良いとはいえない店舗、それも真っ暗ななかに希望の光のようなものを感じた。
まだ誰も社員は来ていなかった。
私は平川さんを手伝い始めた。
しばらくすると、背後から甲高い男性の声が聞こえた。
「おはよう!」
ちょうどドレミファソのソの音階の声。
朝からまるで、行進曲の前奏のようなリズムを感じ始めていた。
新たな上司、高城(仮名)さんだった。
「よろしく!!」の声とともに握手をされた。
上司から握手を求められたことは初めての経験。
なにもかもが初づくしの初日。
しかも担当は、自分にとって未経験の紳士服の販売である。
翌日から開店前の早朝30分、高城さんからのレクチャーが始まった。
内容は私が品物の知識がないことを前提に組み立てられていた。
会社全体を見回しても”三本の指”に入る、接客のプロ中のプロからの指導は、最短最速で結果を出すための観察から始まる接客。しかも習ったその日から実践できるものだった。
高城さんの持論は、「マニュアルが通用するのは全体の4割」。
あとの6割は頭が真っ白になりながら身体で覚えていくしかないというのである。
だからこそ、4割のマニュアルを毎日毎日繰り返すように指導された。
開店中はさまざまな問題に直面する。
それこそ、頭が真っ白になりながら、高城さんの指導を身体で体現していく毎日だった。
そんななか、私にとって一番の変革があった。
百貨店入社以来、「ミスをしたらただじゃおかないぞ」と言われ続けた私にとって、過去を全肯定されるものだった。
それは、高城さんによる「失敗はオッケーだからね」とささやきだった。
販売の現場は、一所懸命やっていても最初からうまくいかない場合がある。
特に紳士服の販売は、失敗しながら学んでいくんだと言われたのである。
高城さんのおっしゃる観察から始まる接客は、なかなかうまく身につかなかった。
それでも私は「失敗はオッケー!!」言われ続けた。
(もうできないよ)と心の声は叫んでいるときに限って、背後から「失敗はオッケー!!」と声がかかるのである。
異動して5ヶ月が過ぎようとしていたときである。
その日私は、60代のVIPの男性のお客さまを接客していた。
「君を見ていると高城さんによく似ているねぇ」
秋物のジャケットを代わる代わる試着されながら、お客さまがふとおっしゃったのである。
以来、私は直接ご指名を受けるようになった。
しかもその方のネットワークを通じて、商いの機会は大きく広がることになった。
高城さんとご一緒させていただいた期間は半年である。
私の価値観を大きく書き換えていただくことになった半年だった。
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