ガスコンロと卵焼き
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記事:うまほねまうま(ライティング・ゼミ平日コース)
わたしは長い間、卵焼きを焼いていない。
息子がまだお弁当がいる時期はそれでも作っていたが、自分のために作らなくなってからもう何年か。
誤解のないようお伝えしておくが、わたしは卵焼きが大好きで、どんなお寿司屋さんでも「玉子」で始まり「玉子」で〆る。
そう、最近卵焼きを作らなくなった理由は、思うように焼けないから。
原因は、IHコンロ。
卵焼きを作ったことがある方ならわかると思うが、フライパンをガスの火から少し離しちょうどいい感じの余熱を使いながら、微妙なとろとろさを残しつつ巻くことで、ふわとろの卵焼きができる。
だが、わたしにはIHコンロでそれをする腕がない。
フライパンを電磁面と離すと温かくないので固まらないし、といって電磁面とつけたままだと焦がしてしまうのだ。かくして、トラ模様の少し硬く焦げた卵焼きが出来上がるのである。
離れていても適度に温かい、ガスコンロとフライパンの関係。
今思えば、母親との関係も、そんな関係だったような気がする。
少し離れて暮らしながらもいつも温かくつながっている感じで、
絶妙なところで大変な時に包みこんでれた。ガスコンロで焼く玉子焼きのように。
一方、ずっと一緒にいると急に強火のような喧嘩をすることもあった。
そんな母が他界して早いもので5年になる。
今でもどこかみえない所から温かい声援を送ってくれている気がするが、
その火は永遠に消えることのない何かエネルギーのような物質のような気がする。
この4月、マンションを引っ越すことになった。
先日、新しいマンションの内覧に行った時のことだ。
築14年でそんなに古い訳ではないが、すれ違う住民の方は落ち着いた年代の方が多かった。
室内の建具やフローリングも落ち着いた感じで、バリアフリー。ロビーの少しの段もスロープになっており共用廊下は少し広く、手すりもついていた。
案内業者に尋ねた。
「このマンションは、どのようなコンセプトで建てられたのですか?」
すると、
「長く住み続けたいと思うマンションというコンセプトで建てられました。住人の方も、当初から住んでおられる方がほとんどです」とのこと。
わたしは、マンション全体に漂う落ち着いた雰囲気に妙に納得した。もし10年前のわたしであれば、此処の前にみたキラキラした感じの方のマンションにしていたかもしれない。
キッチンに入ると、今は懐かしの「ガスコンロ」だった。
「あ、ガスコンロ……」
おそらく20年以上IHコンロだったので久しぶりに見たし、「ガスコンロ」と言葉でいうのも懐かしく、言ってみたかった感もあった。
「はい、そうなんですー」
2テンポくらい遅れて業者の方が、少し控えめな返事をした。
続いて、
「でも、2連だからとても火力が強いんですよ!」
と一生懸命に教えてくれた。
おそらく、わたしくらいの年代であれば「IHがよかった」と言うお客さんが多いのだろう。
でも大丈夫ですよ、業者さん。わたしは実はガスコンロがいいのだから。
きっと、業者の方は誤解していると思ったので、
「ガスコンロの方が卵焼きが上手に焼けるし、強火でチャーハンもパラパラに炒められるから嬉しい〜」
と、いかにも料理好きのマダムのように言ってみたのだが
「ほんまかいな! ほんまにチャーハン作ってやー!」
と家族から突っ込まれるシーンになってしまった。
わたしが料理好きかどうかはさておき、ガスコンロの方が好きだということにこの時あらためて気がついたのだ。そして、
「ガスコンロだと、ちゃんと料理をするようになるよ〜」
と主人にいうと、
「ほんまか〜?」
と嬉しそうに相槌を打ってくれた。これを幸せというのだと思った。
「ふわふわ」または「パラパラ」と美味しくなれと心をこめて作った料理を、喜んで食べてくれる家族がいる。気持ちが落ち着く住まい。幸せを感じることができる住まい。そんな思いからガスコンロに暖かさを感じたのかもしれない。
ただ一点、やはり火の用心は大切だ。だんだん年をとってくると、火を消し忘れるかもしれない!
いままでは自ら保険には入らない性格だったが、人生ではじめて自分で火災保険にはいろうと思った。そこまでしてなぜ、ガスコンロを気に入ったのかは自分でも不思議である。
距離があっても冷えてしまうわけでなく、温かさが伝わる関係。
ガスコンロは気持ちで通じるコミュニケーションのようだと思う。接していない時でも暖かい。離れていても暖かい。
引っ越ししたら、ガスコンロで焼いた、少し甘めの卵焼きを焼いてみようかな、母のあたたかい面影を思い出しながら。
わたしもおばあさんになっても、この家で幸せが続いていますように。
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