アドラーの師匠から学んだ「おせっかいとひきさがる勇気」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:きよっしー(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ごほっ、ごほっ」
通勤ラッシュの時間帯、私は押しつぶされそうになりながら、地下鉄車両の中で耐えていた。
ぎゅうぎゅうで身動きの取れない中、よりによって私のすぐ目の前、しかもこっち向きで、咳をし続ける50代とおぼしきオジサン。
これまたあり得ないことに、マスクをしていない。(私はしている)
「ちょっと。カンベンしてよ。そんなにずっと咳してるなら、マスクぐらいしてきなさいよ!」
と心の中で叫ぶ私。
何駅か通過し、イライラが頂点に達した。
ちょうど少し身動きが取れるようになったところで、手持ちの個別包装のマスクを、私は半ば衝動的に咳オジサンに渡した。
「あの!よかったらどうぞお使いくださいっ」
自分なりに冷静をよそおって言ったつもりだったが、おそらくそうは響かなかったことだろう。
私自身はマスクをしているものの、たまたまつい数週間前にインフルエンザにかかったばかりだったこともあってか、「咳をする時はマスクぐらいしてよ!一番インフルエンザが流行る季節だよ?」と伝えたかったのだろう。(自分のことなのに推測)
「は、はい」
とだけ答えてマスクを受け取ると、黙ってマスクをはめた咳オジサン。
ホッとしたもの束の間、なんとも後味の悪い数駅を過ごしたのだった。
*
時は流れ、つい一週間前のこと。
「ごほっ、ごほっ」
たまたま隣に座った、ちょっとおっきな体型のおじいちゃんが咳をする。
チラッと横目で様子を伺ってみた。
おじいちゃんはマスクをしていない。咳の時に手を口にかざすといった様子もない。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
時々体をゆさゆさ揺らして落ち着いて座っていられない様子に、こちらも落ち着かなくなってきた。なんだか具合が悪そうにも感じる。
数駅通過しても、いっこうに咳が止まらないおじいちゃん。
新型コロナウィイルス、インフルエンザ…といったコトバが、一駅ごとに私の脳裏にちらつきはじめた。
「まいったなあ。勘弁してよ」
と、心の中で呟く。
私は自分がしているマスクの鼻のワイヤーをギュッと押しつけて、フィット感を確かめた。
「ちょっとは察してよ。マスクをしていないのに咳をするなら、せめて手や腕で塞ぐとかしてよー」
とでも言う代わりに、無意識にした行動だっかかもしれない。
無言の抗議をしたところで、おじいちゃんには伝わらないだろうに。
「ごほっ、ごほっ」
おじいちゃんが申し訳なさそうにしているかどうかまでは感じ取れなかったが、なんだか気の毒にも思えてきた。
私は、手持ちのマスクをあげるのはどうだろう?と思い始めた。
そう、一年前のあの時と同じように。
いやまてよ。
さすがの私も、一瞬のうちに考えた。
あの時の私がとった行動は、明らかに咳オジサンを「責める」行為だった。私が望む結果を得ることはできたが、後味の悪さが残った。同じ後味は味わいたくない。
私の心も少しは成長した。実際のところ、隣の咳おじいちゃんの具合もちょっとだけ気がかりだ。
そこで、咳おじいちゃんをウィルスをばらまく「敵」と思うのではなく、健康でいてほしい「近所のおじいちゃん」というイメージを持って、手持ちの個別包装のマスクを渡してみることにした。
マスクを受け取るかどうかは咳おじいちゃんが選べばよい。咳おじいちゃんがYesでもNoでも答えやすいように、そしてそのあとも私たちが気持ち良く電車に揺られていられるように、私は声をかけた。
「もしよろしかったらどうぞ(にこ)」
私なりに優しい気持ちを込めて、そっと差し出してみた。
咳おじいちゃんは「ありがとうございます」と受け取り、すぐにつけてくださった。
あー、よかったよかった。気持ちって伝わるのかな、と思わせていただく出来事だった。
こちらのほうこそ、受け取ってくださってありがとう、の気持ちだ。
きっと、周りの人たちもいろんな意味でほっとしたかもしれない。
周りの人をウィルスを持っているかもしれない「敵」として扱い、「私にうつさないでね」「なんでそんなに咳しているのにマスクしないのよ」と思うのか。
周りの人を近所の人、友達、家族といった「仲間」とみなし、「健康でいてほしい」という愛情を持って接するのか。
結果的に同じ行動でも、受け取り手の気持ちと私の後味には、共に天と地の違いがあるということを、身を持って学んだ出来事だった。
*
アドラー・カウンセラーの師匠の言葉が思い返される。
「私たちアドラー・カウンセラーは、ちょっとおせっかいぐらいがちょうどいい。ただし、いさぎよく撤退する勇気を持つこと」
つい先日のシニアカウンセラー養成講座で、最も心に残った言葉の一つだった。
師匠の言葉を実践できた出来事だったと思う。
これからは、個別包装のマスクにのど飴も添えて、いつでも笑顔でさっと渡せるようにしたいと思っている。お断りされたら、その時はその時。にこやかに引き下がるだけ。どっちだっていい。
周りの人をみんな大切な近所の人たちを思えるような、そんな世の中になることを、願ってやまない。
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