メディアグランプリ

あの時叱ってくれた彼女に、今再会できたとしたら


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:石野敬祐(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
5年前のことだ。彼女は7つ年下の子だった。自分をしっかり持ち、いつもご機嫌な子だった。対等な関係を築いていた。が、そんな彼女が僕に怒り、叱ってきたことがある。
 
ある日、仕事後に待ち合わせて彼女と居酒屋で飲んでいた。あと1杯で終わりにしようかと生ビールを頼もうとしたとき、僕の電話が鳴った。会社の後輩からだった。時計は22時を回っていた。ちらっと彼女を見ると、にまっと笑いながら「ここで出ていいよー。わたしが代わりにビールたのんどくー」といってくれた。僕は壁を向いて電話に出た。
 
「もしもし、どうしたー?」
「遅くにすみません。〇〇の件、相談させていただいていいですか? 実は××××ってことに気付いちゃったんです。まずいなと思うんですがどうしようかと……」
「なるほど、それは確かに早く対応したほうがいいね。気付いてくれてありがとう。そうだなー。うーん…… よし、今からいう内容で〇〇さんにメール投げといてもらえる? メモいい? ××××で××××と。どう? 大丈夫?」
「大丈夫です! 助かりました! ありがとうございます!」
「もう時間も遅いし、そのメールだけ投げたら帰ってね。おつかれー!」
 
酔っぱらっている感じも出さずに、冷静に、かつ手短に要件を片づけられた。うん、完璧。
 
電話を切って振り向くと、彼女は珍しく不機嫌な顔をしていた。こんな表情を見たことはなかったのでびっくりした。
 
「ん? どうかした?」
電話で気づかなかったけど、注文の時とかに何か店員さんと何かあったのかな?
 
「ねぇ、そんな言葉遣いだめだよ」
「んん?」
どうやら僕が原因のようだ。思い当たる節は……ない。あれ、そんな怒られるようなこと言ったっけ?
 
「え、わかってないの? さっき電話で『メールを投げる』って言ったでしょ?」
「あぁ、言われてみれば言ったと思うけど……?」
「メールは投げるものじゃないよ! 送るものだよ?! 相手に届けるものだよ?!」
彼女の言葉のペースが上がった。少し驚いた。
 
「そうだね、投げるなんてよくないよな。気を付けるよ」
「本当にわかってる? 言葉には魂が宿ってるんだよ?! 言霊だよ?! もっと大切に言葉を使わなきゃ!」
 
彼女は明らかに酔っぱらっていたはずだったが、目は真剣だった。生ビールが届いても、僕はグラスに手を伸ばすことはできなかった。その後も彼女がお手洗いに席を立つまで、僕はずっと叱られ続けた。いつの間にか、ビールの泡はほとんどなくなっていた。
 
最初はそこまで言われなくてもと思った。だが、指摘はごもっともだ。別にメールを「投げる」と使うことにこだわるわけではない。なんとなく使っているだけだ。好きな子にここまで言わせてしまったんだ。よし、これから意識して変えていこう。
 
職場で「メールを投げる」と使う人が多かったのでつい癖でつられて使ってしまった。そんなことは彼女の前では言い訳にならず、彼女に何度か注意された。2週間ぐらいかかり、僕も抵抗なく「メールを投げる」と言わなくなり、彼女から指摘されることがなくなった。後輩にも「メールは送る。投げるじゃないよ。ちょっとした言葉遣いにも注意していこう」などというようになった。自分のことを棚に上げて。そして自分への戒めとして。
 
その後、喧嘩をしたわけではなかったが、彼女から「優しすぎる」と言われ、お別れをした。特にモノにこだわりがなかった僕に、思い出の品は特になかった。彼女がスマホで撮った写真すら、共有用のGoogle Driveにアクセスできなくなっていた。僕に残された彼女の唯一の置き土産と言えるのは、「メールは投げるものじゃないよ!」という言葉だ。
 
あれから月日が経っても、ずっとこの言葉が引っかかり続けていた。単に僕の彼女への未練の表れだったのか、それとも……
 
先週のライティング・ゼミの第二講。「書くことはサービス」というテーマの講義を受けていた。サービス精神が僕にはまだ足りないのかもしれない。そう頭に浮かんだ瞬間、僕の頭の中は5年前に戻った。そういう気持ちがあの時にもすでに足りなかったから、抵抗なく「メールを投げる」って言ってしまっていたんじゃないか……
 
「投げる」という言葉は、相手がうまくキャッチしてくれることが隠れた前提だ。受け止められないのは受け手の責任、受け止めて当たり前。そんな思い上がりが僕にはあったんじゃないか。相手のことをちゃんと考えられていなかったのではないか。「優しすぎる」と言われたのも、彼女のことを考えられていなかった表れじゃないか。それに気づかずに、僕は5年もなんとなく過ごしてしまったんじゃないか。
 
あの時、彼女はそこまで意図して僕を叱ってくれたのだろうか。単なる僕の思い過ごしだろか。答え合わせをしてみたい。
 
もし、彼女に再会できて話せるならば……
いや。本当に会うことがあるなら、そんなことどうでもいい。
 
「改めてあの時はありがとね。メール、もう投げるなんてしてないよ」
僕からはそれだけでいい。
 
 
 
 
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2020-02-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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