メディアグランプリ

うまくいくための秘訣は図々しくなること


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:fuku (日曜ライティング・ゼミ)
 
 
つぅーー
 
頭に、あたたかい液体が流れる感覚がある。
 
ポタポタ ポタポタポタッ
目の前の真っ白な雪に赤い染みを作っていく。
 
ポタポタポタポタポタポタッ
赤い染みができる速さが早くなる。
 
まさかね、と思いながらも、念のために恐る恐る、自分の頭に手をやる。
手袋には、べったりと血がついている。
 
え……
呆然としたまま、レンタルの手袋を見ているしかできなかった。
 
あれは20年程前の事。
大学4年生の私は、卒論も氷河期の就活も終えて、解放感MAXのヤッホイなテンションだった。友人たちも似たようなものだった。束の間の遊んでいても罪悪感のない数か月。
そんな友人たちと東京から長野へ、スノーボードに2泊3日の旅行へいった。
 
スノーボードの初心者あるあるだと思うのだけれど、スピードが出ると恐怖でつい、へっぴり腰になってしまい、ますますスピードが出てしまう。
残念なことに、私にはそのあるあるに加えて、すべりだしたら止まるには転ぶ以外の方法がない。
 
若さゆえの無謀さ……いや、ただの見栄っ張りだった。
 
皆の足手まといになりたくない、かっこ悪くてひかれたくない、そんな一心からできないクセに、できる風を装おうとしたのだ。
 
みんなと一緒にリフトに乗り、かなりの危なっかしさを抱えながらすべり出した。
「やると思ったんだよな」と友人の予想通り、30分もしないうちにカーブの狭い所で転び、タイミング悪く後ろからすべってきたスノーボーダーのボードのエッジが私の頭に当たった。8針を縫う怪我をした。
私はゲレンデの人が持ってきてくれた湖に浮かぶ手漕ぎボートに、銀色の保温シートにくるまれた。
ホイル焼き状態になった私をのせたボードはゲレンデの人のスノーバイクにひかれて下山をした。
 
それ以来、私はできる限りスノーボードを避けてきた。でも、どこかで皆と同じようにウィンタースポーツや温泉を楽しみたい気持ちも抱えていた。
 
一度、よし行ってみようとチャレンジしてみたら、まさかのまた保険のお世話になる結果になった。
 
その時も事故の恐怖心と見栄を抱えて疲れていた。ゲレンデの邪魔にならない端のほうで座って休憩をしていた。
そうしたらまさかの無言でスノーボーダーが突っ込んできた。衝撃で無防備な背中はエビぞり状態になり、私は腰を痛めた。
スノーボードには余程縁がないのだろうと確信した。
 
あれから10年ちょっと、たった。今年、私はまたスノーボードへ行った。
今回行く気になったのは、目的がスノーボードをすべるため、ではなくドローンを飛ばして撮影をするため、だったからだ。
 
目的が違えばすべり倒すことを要求されることはないだろう、雪景色と温泉、それを堪能するためならなんとなく乗り切れるのではと、浅はかにも思ってしまったのだ。
 
TVショーならここで3度目の事故を起こすところなのだけど事実は小説より奇なり、なんと、すべれた、のだ。
まさかターンまで、できてしまったのだ。
1回だけど。
 
帰りのバスの中、雪景色を見ながら、どうして今回はできたんだろうと、ボーっと考えていた。
 
「大丈夫、大丈夫。どうせあと20年もすれば図々しくなるから」
ふと、そんなセリフを思い出した。
 
私が頭を切ったのはちょうど後厄の年だった。
その年はスノーボードで頭を切るだけでは事足りず、車に前方不注意で轢かれ、大失恋、とこれ以上の厄年はあるのだろうかと言いたくなるほどのお手本のような厄年だった。
 
大失恋をしたときに、お世話になった心療内科にかかった医師の言葉だった。
図々しい人になりたいわけじゃないと、聞く耳を持たなかったセリフだったけれど、なぜか私の中で引っかかっていたセリフだった。
 
20年が経ち、医師の予言通りになった。
見事に図々しく、なったと思う。
 
今回だって泊まった旅館ではゴハンは食堂で食べる方式だった。
各テーブルに部屋番号と、人数分の食事が置いてあり、そこで食べてごちそうさまをすべき流れだ。
 
見渡す限り20代の若者たちが、楽しそうにガツガツを食べている。彼らに疲れの色は見えない。私たちのテーブルは、迷うことなく瓶ビールを頼み、楽しんでいる。揚げ物よりお刺身がほしい年頃なのだ。
 
彼らの胃袋とおばちゃんの胃袋は量が違う。
ちょうど長野のそば処だったので、そばがおいしかったのだけど満腹になってしまった。
「すみませ~ん、お姉さん、これ後で食器持ってくるからお部屋で食べちゃだめ?すごくおいしいから食べたいんだけど今お腹いっぱいで……」
気づけばそんなセリフをさらっと言えるほどの、図々しさを持っていた。
 
図々しさは私に、私は下手だ。だからなんだ。
と、開き直る力を与えてくれていた。
 
リフトは板をはかずに堂々と歩いた。板は抱えた。
周回遅れになってもスピードを出すことなく安定の木の葉すべり。
転ぶことを恥ずかしいとは思わずに、誰かにぶつかりそうな時には転んだ。
堂々とした、できない人だった。
 
そこで安心を得て、ノビノビと自分のペースですべり、わからない部分を恥ずかしげもなく聞くことが、うまくいく秘訣だったのだろう。
 
 
 
 
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2020-03-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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