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メディアグランプリ

どん底の私が見た「一生秒の宝物」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Mina Shiraoka(ライティング・ゼミ春休みスペシャルコース)
 
 
病室の無機質な色合いの中、青紫の紫陽花が、一際鮮やかに見えた。
 
2008年6月。梅雨入りしたばかりのどんよりとした空の下。
 
私は、心と身体を壊し入院をした。
 
二週間ほどの入院だったが、今の時間軸とは違う、
ブラックホールの中にいたような時空間だった。
 
前半の一週間、生きるとは逆に時間が流れていた。
 
心が何も感じられず止まっていた。
皮肉にも生きるとは逆に時間が流れ行く「恐怖」だけは、
強烈に胸に刻み込まれた。
 
検査に行くにも、歩ける体力気力がなく車椅子だった。
 
慣れない車椅子に乗りロビーを通ったとき、
ショパンの「幻想即興曲」のピアノ演奏が聴こえてきた。
 
中間部分の甘美なメロディーが大好きで、お世辞にも上手とは言えないが、
趣味でこの曲の、中間部分をよく弾いていた。
 
ここに来る、1ヶ月前までは。
 
社会とは切り取られた空間で、大好きだったことも忘れていた。
 
植物が干からびそうなとき、水をぐんぐん吸収するように、
カラカラに乾いた心にピアノの音色が深く沁み入った。
 
心が勝手に感じて動くとは、こういう事を言うのか。
 
大好きだったことが普通にできていたのに、
今はピアノを弾く気力も体力もない。
 
「今後、弾くこともできないのかも……」
 
車椅子に乗りながら涙が込み上げてきた。
通り過ぎる人にバレないように、下を見ることで精一杯だった。
 
無機質な病室の世界にも慣れた頃、
一人の新人看護師さんの女の子が挨拶に来てくれた。
 
「はじめまして。今日からよろしくお願いします!」
 
彼女は、真っ直ぐな明るい笑顔で私を見つめ、そう言った。
 
ほんの5秒ほどの出来事だったが、
閉じ込められた淀んだ空気の病室に、春の風が吹いたように感じた。
 
私の頭の中は、ダークなモノクロ映画一色だった。しかし、彼女の挨拶で突如、カラフルな春の新作ワンピース発売のCMの映像が流れたようだった。
 
「そうだ! CMモデルは、大好きなミランダ・カーにお願いしよう(笑)」
 
今ならそんな冗談が思いつくのだが、当時の私にはそんな余裕はなかった。
だけれども、心が軽やかになったのは確かだった。
 
気がつけば、私の唇の端が少しだけ上向きになっていた。
 
彼女の笑顔が私を元気にしてくれた。
 
1ヶ月前、ここに来る前の、笑顔でいた自分の感覚を思い出した。
 
「元気になってくださいね」
そんなことを一言も言わなくても、
笑顔の力で、ここまで人を元気にすることができるとは……。
 
お金で買えない大切なことが、世の中には散りばめられていると気がついた。
 
彼女との5秒の体験が、私の「一生秒の宝物」になった。
 
ピアノや新人看護師さんの笑顔、ミランダ・カーのCM(笑)で少しずつ、心が動き始め、
治療の甲斐もあり、日に日に、生きることが順行していった。
 
先生から、一時外出が許可された。
 
「久しぶりの外の世界は楽しかった」
そう期待通りの言葉を言いたいところだが、
結論から言うと、
疲れ果てて帰ってきた。
 
一時外出したとき、外の世界は派手だった。
色が、きつすぎて、それだけで疲れた。
 
外の日差しも眩しすぎた。
すれ違う車の色も、テーブルの色も、周りの人の着ている服の色も、
看板も、すべてが、派手に感じた。
 
母と病院の近くのカフェでお茶をした。
近くのテーブルで女性3人の主婦の方が話していた。
 
なんてパワフルで元気なんだろう。
 
今思えば、日常でよく目にする光景だが、
地下にいたモグラが突如、地上に出てきた状態の私には、別世界に見えた。
 
普通に楽しそうに話している元気な人が、
オリンピック選手並みのパワフルさに思えた。
 
数日後、先生から、今度は一時外泊が許可された。
 
久しぶりに家に帰ると、家の中も派手に感じた。
「よく、こんなに派手な色の中にいて疲れないね」そう思った。
 
病院には赤、ピンク、青、黄色といった原色を目にする機会がほとんどない。
 
病室のカーテンや壁の色も、グレーやベージュのような、
刺激の少ない優しい色合いになっている。
 
外の世界は、派手だった。
 
11年経った今、私はあの頃、見ていた「派手な世界」にいる。
 
今は、決して「派手」とは思えない。
むしろ、この色合いの世界が「当たり前」になっている。
 
今、この文章を書きながら、当たり前に生かさせていただいていることが、当たり前ではなく、本当に感謝だと感じている。
 
自分の足で歩けること。
 
もう二度と弾けないのではと絶望していたピアノも弾けること。
 
カフェで楽しくお茶をすること。
 
新幹線に乗って、大好きな仕事で、喜んでいただけること。
 
あの頃の私からしたら、夢の世界にいる。
 
有り難いことに、自分の経験を人前で話させていただくことがある。
 
「そんなことがあったようには見えません」
 
今の私を知る方々から、よく言われる言葉だ。
 
心の中で、小さなガッツポーズをする。
 
11年前とは違う、「生まれ変わった私」がいる証だからだ。
 
当時、もがき苦しんでいた自分に、今の自分から伝えたいメッセージがある。
 
「どん底で暗闇にいるときでも、すぐ側に、必ず希望の光は存在している」
 
雨の日は、太陽が雲に隠れて見えないだけで、決して太陽は消えてはいない。
希望の光も絶えず消えずに存在している。
 
ただ、気づけないだけで、そこには、救いの出口が存在している。
だから、諦めないで。大丈夫。大丈夫。大丈夫。
 
その経験は、必ず誰かの役に立てる日が来るから。
 
今年も紫陽花の季節がやって来る。
 
当時、毎日のように母は病院に来てくれていた。
青紫の紫陽花を持って。
 
今でも青紫の紫陽花を見ると、母の優しさと、ほろ苦さで胸がギュッと切なくなる。
 
 
 
 

***
 
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2020-03-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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