敏感すぎて生きづらいあなたへ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:高橋実帆子(ライティング・ゼミ日曜コース)
その本に出会うまで、学校は私にとって戦場だった。
例えば、先生が鋭い声でほかの子を叱っていると、その声のトーンが矢になって、キーンと頭に突き刺さってくる。「気がする」だけではなく、本当に頭が痛くなるのだ。
廊下を歩いていて、悪気のない級友に後ろからぽんと肩を叩かれると、「ぎゃー!」と叫び相手が怪訝に思うほど仰天して、文字通り10センチくらい飛び上がってしまう。
誰かが何気なく発した一言の裏側にある怒りやヤキモチが、黒いコールタールのように全身にまとわりついてきて体が重く、いつまでも離れない。
そんな状態だったから、一日の授業を終えて家に帰りつく頃には、毎日身も心もへとへとだった。学校とは、なんと過酷な場所なのだろう。みんな、一体どうやってこの試練に耐えているのか。
10代になり、周りの人たちから「心配性」「神経質」「引っ込み思案」「打たれ弱い」とさまざまな言葉をかけられるようになって、私は気がついた。
ほかの多くの人にとって、どうやら学校は戦いの場所ではないらしい。
教室の喧騒や、先生の叱責にも、私ほど深いダメージを受けている人はいない。
もしかすると、自分はどこかおかしいのかもしれない。
私だけが、どうしてこんなに、いろいろなことを敏感に感じすぎてしまうんだろう……
悩み続けていた10代の私にとって、本屋さんは深く安らげる場所のひとつだった。本はイライラしたり、驚かせたり、悪口を言ったりしない。遠慮がちに、静かにそこに佇んでいるだけだ。そっと手に取れば、ワクワクするような冒険に連れて行ってくれたり、心が安らぐ言葉をかけてくれたりする。
『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』(エレイン・N・アーロン著)という人生を変える一冊に出会ったのも、そんなふうにして書店に「避難」しているときのことだった。
タイトルに惹かれ手に取ると、そこには「HSP(Highly Sensitive Person、非常にセンシティブな人)」という聞き覚えのない言葉が紹介されていた。
まえがきには「この本は、とても敏感な人のために書かれたものです」と記されている。
冒頭の「HSP診断テスト」をおそるおそる試してみたところ、23問中22問が自分の気質・体質に当てはまることが分かった。私は完全なる「HSP」だったのだ。
HSPは、周囲で起こる物事を敏感に感じ取るため、刺激の強い環境では普通の人よりも疲れやすく、動揺しやすい。HSPではない人とは、脳の神経システムが微妙に異なっているらしい。程度の差はあれ、全人類の20%ほどがHSPだと考えられるという。人間だけでなく、ほかの動物にも、同じくらいの割合で敏感な個体が存在するらしい。
この社会では、打たれ強いこと、心身共にタフであることが美徳とされている。でも、「隠された危険や新しい食物、子供や病人のようす、他の動物の習慣などに対してつねに敏感なものが15から20パーセントほどいるというのは、ちょうどいい比率なのかもしれない」と著者はつづっていた。
敏感すぎて悩んでいるのは、私だけではなかった!
本の中に紹介されているさまざまな「敏感さ」の事例を読みながら、私は深く共感し、仲間の存在に心から安堵していた。
自分は狂っているわけでも、努力が足りないわけでもない。
ただ、人類の中で敏感な個体、狩人や戦士ではなく危険を察知するグループに生まれついただけだったのだ。
HSPとは、「センサー」のような存在なのだと私は理解した。
コミュニティに迫った危険や異変にいち早く気づき、自分や周りの人が安全に、快適に過ごせるようにその情報を活かす。
子どもの頃から、ずっと欠点だと感じてきた自分の敏感さを、世の中のために役立てられるかもしれないという考えは、私にとって世界が180°引っくり返るほど大きな希望だった。
自分がHSPだと気づいた私が最初に取り組んだのは、敏感さを「克服」しようとする無駄な努力を手放すことだった。
もちろん社会の中で生きている以上、HSPであるかどうかにかかわらず、人と気持ちよくコミュニケーションをとったり、自分の考えや思いを伝えたりする練習や工夫は必要だ。
でも、それ以外の部分、例えば仕事をする環境や出かける場所、人との接し方は、自分の特性に合わせて選ぶことができる。
例えば私は、人がたくさんいる場所で、長い時間を過ごすことが苦手だ。人の感情や気配、誰かの電話の話し声まで、集音マイクのように拾ってしまうので、刺激が強すぎて疲労困憊してしまう。だから毎日オフィスに出社する会社員ではなく、フリーランスとして自宅で仕事をすることを選んだ。
また、たとえ家族でも、突然体に触れられると非常に驚き、全身の毛が逆立って心臓が縮み上がってしまう。だから子どもたちにも、「抱っこしてほしいときは、『お母さん触っていい?』って声をかけてね」とお願いしている。
一定量を超えるカフェインを摂ると神経が過敏になり、頭痛やめまいを引き起こすので、コーヒーはカフェインレスを選ぶ。
静かな場所に滞在すると心が安らぐので、疲れたときは美術館に行ったり(人気の展覧会には人が集まるので、比較的すいている常設展を選ぶのがポイント)、趣味の茶道教室に行ったりして「静寂」を補充する。
そうやって、自分の感覚を地道に大切にしていると、心が満たされる。心が満たされると、仕事でいいアイディアを思いついたり、子どもたちが得意な分野にいち早く気づいて一緒に取り組む機会をつくったりと、敏感さを活かせる機会が、日常生活の中に少しずつ増えてきた。
自分の敏感さを否定して、「強く」なろうとすることをやめてから、日々生きること、呼吸をすることがとても楽になった。今まで我慢していたことも、思い切って「実はそれ、とても苦手なので、できません」と伝えてみると、「なんだ! そうだったんだ。知らなかった。もっと早く言ってくれればよかったのに」とあっさり受け入れてくれる方が多いことも、嬉しい発見だった。
敏感な人として生きていると、もうひとついいことがある。それは、日常の些細な出来事に猛烈に感動したり、壮大なドラマを見つけたりできるということだ。朝、目が覚めて空が青いというだけで最高に幸せな気分になれるし、海外旅行に出かけなくとも、本を読んだり映像を見たりして想像力を働かせ、ワクワクしてときめくことができる。
人の中で生きている以上、悩んだり傷ついたりすることはなくならないけれど、「センサー担当」として生まれついた自分の敏感さをこれからも楽しんでいきたい。そして、HSPの目から見た世界の美しさを、たくさんの人と分かち合っていけたらいいなと思っている。
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