天敵と家族になった日
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記事:野崎舞(ライティング・ゼミ平日コース)
祖母が死んだらしい。
実家を飛び出してから7年目のことだ。
母からのメールで知った時、正直「へぇー」 という感慨しかわかなかった。
殺しても死なないハッスルばあさんだと思っていたが、死は誰しも平等に訪れるようだ。
そもそも私は祖母と仲が良くない。物心ついた時から、彼女は私にとって警戒すべき人物だった。
決して悪い人間ではない。しかしその強烈な個性と常軌を逸したハッスルな行動は、巻き込まれたら最後甚大な被害を被った。
今となっては笑い話だが、少し彼女の武勇伝をご紹介しよう。
まず私の被害歴は出生時から始まる。
端的に言うと、殺されかけたのだ。
嫁をいびる姑としてハッスルしていた彼女は、母が気に入らず胎児だった私を堕胎させようとした。
その後、母はストレス過多となり、出産予定日の1か月前に逆子のまま破水、私は緊急の帝王切開で一命を得た。その際も祖母は帝王切開を阻止しようとしたらしい。
完全に犯罪レベルのハッスルだ。
嫁をいびるのもどうかと思うが、その一貫で殺されかける孫はたまったものではない。
この後も彼女のハッスルは止まらなかった。
ある日彼女は突如として、私名義で土地を購入したのである。いまだになぜ買ったのかわからない。ひょっとするとノリと勢いで買ったのではないかと疑いたくなる。
なぜなら、田舎で周りに何もないような土地なのだ。住むには不便、有効活用もできない。当然ながら毎年税金がかかるというオプション付きだ。
父は激怒したが、気の毒なことに祖母の徹底抗戦により返り討ちにあった。
それから数十年、今も私は固定資産税を払い続けている……。
他人に影響を及ぼすだけではない。彼女は自分だけでもハッスルしていた。
いわゆる、ひとりハッスルである。
ある日、宅配業者がインターホンを鳴らした時のことだ。
彼女はストッキングをはいている途中だったが、そのまま玄関に向かって走り出し、転倒。部屋の障子にスライディングし、倒れてきた障子を受け止めて指を脱臼した。
にも関わらずすっくと立ち上がり、脱臼した指をその場ではめて宅配を受け取ったのだ。
いろんな意味で80代のばあさんがとる行動ではない。
こんなハッスルな性格は死ななきゃ治らないと思っていたが、祖母の死後に極めつけの事件が起こった。
我が家は家系的に多少の霊感がある。
ある晩のこと、幽体となった祖母が就寝している兄の頭のつむじをグリグリしてきたのだ!!
兄は驚いて飛び起き、知り合いの霊能者に相談をした。
するとどうだ。祖母はお迎えがこないがどうなっている? と不安になり、なんとかして欲しくて兄のつむじをグリグリしたらしい。
仏壇の前でおとなしくお迎えを待ってくださいと諭され引き下がったそうだが、その後もどうやら家の中を動き回っていたようだ。
死んでも治らないとはまさにこのことである。
のちにお迎えが来たようで、無事成仏したらしい。
冥福を祈るばかりだ。
重ねて言うが悪い人ではない。が、私にとっては天敵のような存在だった。
故に彼女と打ち解けて会話をしたり甘えた記憶はない。
運悪く遭遇した場合には、絶対に尻尾をつかまれないよう細心の注意を払い、虎視眈々と逃げ出す機会を伺うのが常だったのだ。
そんな祖母が死んだ。
「よかったらお葬式に来てほしいの。おばあちゃん、あなたのことずっと心配してたから。」
諸事情あって家を飛び出していたので躊躇したが、その言葉になぜか心を動かされた。
心配? あのおばあちゃんが?
そんなことあるだろうか。出て行ったヤツなぞ知らんとでも言いそうな性格なのに……。
私は7年の時を経て、家族に再会することになる。
斎場に行くと父が手を差し出し「よう来てくれた」 と迎えてくれた。何年も抱えていたわだかまりに、ピシリっとヒビが入る音がした。
そして伯母や兄も口をそろえて言うのだ。「おばあちゃん、ずっとあなたのこと心配していたよ。」
そんなことあるだろうか。胸の奥で氷のように固くなっていたものが融けだしてくる感覚におそわれる。
やめてほしい、今更なんだ。
故人を懐かしむ? そんな関係だったことは一度もないはず。
後日実家から連絡があった。
「おばあちゃんがあなたの嫁入り道具をいっぱい準備していたの。取りに来て」
行くと箱入りの食器や茶道具が部屋の一角をうめつくしていた。これを全て私のために揃えてくれていたのか……。
驚きとともに目の奥が熱くなった。
なぜだろう。なぜ今知ったのだろう。
腹をわって話すことなどなかった。
ひとりの人として対峙したこともなかった。
危険人物のレッテルを貼って、逃げていたのだ。
胸の中の氷は戸惑いと共に融解し、同時に家族へのわだかまりも少しずつほぐれていった。
殺しても死なないなんてことはない。
彼女もひとりの人間で、人としての愛情を持っていたのだ。
その性格が個性的で強烈だったが故に、その裏にある本心や優しさが見えづらかったのだろう。彼女の愛は私には理解し難いものだった。そして私もとても不器用で臆病だったから、心を通わすことができなかった。
しかしきっと、心の底では互いに大切な家族だったのだ。
愛などないと思っていた人が、ゆるぎない家族の愛を教えてくれた。
本当は愛情深い人だったのだろうか? ひとりの人として向き合うことはもうできないから、確かめようはないけれど……。
だが家族間の溝を埋めてくれたのは、紛れもなく彼女だった。
愛とは面と向かって表現するだけではない。それは心の奥底にあり、何があっても普遍的に存在し、死してなお効力を発揮するものかもしれない。
今になって私はやっと素直に言えるようになった。
もう本人に直接伝えることはできないけれど。
それでも空の向こうに届けばいいと願う。
おばあちゃん、愛してくれてありがとう。
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