大人にこそ薦めたい「ランニング」
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記事:さとう(ライディング・ゼミ平日コース)
人には誰しも、変身願望がある。
小さな頃は、ヒーローごっこやおままごと遊びに興じた。すぐに没頭して、時間が経つのを忘れてしまうほどだった。
しかし大人だって、自分ではない何者かになることができる。その手軽な手段が「ランニング」だ。
私がそのことに気づいたのは、今からちょうど一年ほど前のこと。職場のランニング好きの諸先輩方から誘いを受け、平日の夜、月一ペースで東京近郊をランニングするサークルに入れてもらった。
社会人になってからというもの、めっきり運動をする機会がなくなり、されど暴飲暴食の機会は増え、そのせいか増していくばかりであった体重、体脂肪率が気がかりであった私は、一も二もなくその誘いを受けた。
ランニングステーション、通称「ランステ」で知られるそれは、文字通りランニングをする人が立ち寄って利用できる施設で、運動靴やジャージなどの衣類のレンタルに対応したカウンターが設置されている。その奥に入ると男女別の更衣室があり、シャワーや洗面所、化粧台などが完備され、シャンプー・ボディソープはもちろん、化粧水などのアメニティが充実している施設もある。走るためにわざわざジャージや靴を持ち運ぶのは面倒だが、ランステに寄れば手ぶらでもOK。気軽にランニングを楽しむことができるのだ。
周囲の見よう見まねでランステの会員登録を済ませ、シャワー用のタオルを借り、施設内で着替えてみる。この日のためにと、スポーツショップで安売りしていたナイキのシューズを履き、気合いを入れて買ったショートパンツやスパッツを着てみれば、あら不思議。疲れた顔をしたサラリーマンから、イッパシの「ランナー」に変身した自分がいた。
今までは鏡の前に立てば、目の周りの小ジワが増えたな〜とか、お腹周りがまた少し大きくなったような……なんてことばかり考えていた私は、少しだけ格好良く変わった自分に対して、久しぶりの満足感を覚えていた。
さて肝心のランニングコースだが、その日は東京ビックサイトで有名な国際展示場駅からスタートし、東京湾沿いを通ってお台場周辺を巡り、スタート地点に戻る。寄り道しながら約6キロの道のりを駆け抜けた。
このコースには、変わりゆく東京の今が凝縮されている。というのは、もう目前に迫った東京五輪を控え、各会場の設営が進められているからだ。テニスなど多くの競技場は、残念ながらまだ建設途中で中を見ることはできなかったが、五輪のシンボルマークのモニュメントが東京湾に浮かぶのを見つけたときは、年甲斐もなくはしゃいでしまった。
また東京湾沿いに立ち並ぶタワーマンションを見て、それが自宅であったらなどと皆で妄想し、この夜景は全て自分のものだと、人生の勝者を気取って浸るのも楽しかった。(しかし後半は足の筋肉痛が半端ではなく、翌日の仕事に支障が出ないことを祈るばかりであったが……)
さて、ランニングとはこのような特別な体験ばかりではない。
ある日のこと、私は自宅で震えながら一人ごちていた。
「3%も上がってしまった……」
何が上がったって、消費税ではない。そう、体脂肪率だ。体重が変わらないからと油断していた私は、たまに走るようになったものの、基本的には運動不足であった現実を思い出した。ちょっとゴロゴロとしている間に、私の筋肉は静かにその姿を脂肪へと変えてしまっていたのである。何だそれ。ちょっとしたホラー映画より怖い……。
それまでランニングを特別なイベントとして捉えていた私は、そんな悠長なことを言っていられない状況になってしまった。非日常のイベント感も楽しいけれど、もう少し走る頻度を上げないと、体脂肪は増えるばかりだ……!(筋トレも頭によぎったが、ジム通いも続いた試しがなく、グッズを買っても家で眠らせるだけなので、早々に諦めた)
ジャージに着替え、ご近所さんに遭遇しないよう細心の注意を払い、家を出る。距離や時間を測ってもよかったが、悲しいかな、どうせ大した距離は走れないので、とにかく好きなコースを心ゆくままに走ってみた。
道が狭くスピード感を味わえる住宅街は、歩行者や車両に十分気をつけながらスピードを出して。広大な自然が広がる多摩川沿いは、あえてゆっくりと。自分の好きなペースで、気持ちの赴くままに走ってみる。
すぐ息は上がるし、フォームはめちゃくちゃだけど、何だか自由な心持ちになれる。普段の仕事と違い、誰に強制される訳でもなく、自分がやりたいことを自分のやりたいようにやれる。走り終わって、息切れしながら、シャワーを浴びた後の爽快感は、仕事終わりのビールに似ている。何だか、疲れて死にそうだけど、生きているなぁと実感できるひと時。
それから週1日の習慣になったランニングは、特別な非日常体験から、日常的なストレス発散の手段へと変わった。なんてことない自分だけど、走っている瞬間は、自分に対して頑張っていて偉いねと褒めて上げたくなるような気がする。そんなとき、何だか新しい自分になれたような気もするのだ。
人には誰しも、変身願望がある。
大人にとっての変身することとは、自分ではない何者かになるのではなく、自分自身を受け入れようと努力することなのかもしれない。
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