着物がわたしをカウンセリングしてくれた話。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:マツカ(ライティング・ゼミ特講)
「その着物、粋だねぇ」
入った喫茶店で、そう声をかけられた。
「ありがとうございます、今日こちらのお店に来るなら、と思って着てきたんです」
大正12年(西暦1923年)から続くその純喫茶は、一度入ってみたいなと思っている喫茶店の一つだった。
布張りクッションの昔ながらの椅子、ニスが塗られたテーブル。
アンティークな黒い木のフローリングは、厚底の靴で踏みしめるたびにゴツ、ゴツ、と小気味のいい音が鳴る。
老獪なマスターが、お冷とメニューを持ってきてくれたとき、
「粋だね」と、声をかけてくれた。
初めて来た客でも声をかけてもらえて少しほっとした。
いや、なによりも着物を着たことを“粋”と言ってくれたことが嬉しかった。
「その着物の来訪先にウチの店を選んでくれてありがとう」
マスターはそう言って、美味しいブレンドコーヒーを持ってきてくれた。
わたしは、女らしいとは無縁で生きてきた人間だ。
学生の時も教室で女子たちが開くキラキラした雑誌に興味はなく、恋バナにもピンとこず、編み物にハマることもなく、サッカーをしたり、将棋をしたり…部屋も片づけられず、家事もうまいことできず……
20代になるまでわたしは正真正銘『ガサツな女』として生きてきた。
着物を着始めたのは、ここ5年ほどである。
6年以上前のわたしは、着物というものを『品のある大人の女性だけが着る究極形態』として見ていた。
20代になったばかりの頃、友人の結婚式があり、朝7時から実家の近所にある同級生のお母さんがやっている美容室に行き、リカちゃん人形のようにただただ突っ立っていたのが最初の着付け体験だったと思う。
「ホレ、後ろ向いて!」
「はい、こっち向きなさい」
「締めるよ~」
リカちゃん人形が着せられるのはワンピースとパンツ、あとせいぜいゴムの靴ぐらいだったと思う。
ただ、この実物大の人形には、白い下着の上にタオルを敷き詰められ、
一枚真っ白な着物らしきものを羽織ったなと思ったら、
次の瞬間には腹回りにぐいぐいと紐が2本締められ、
そのあと朱色の本来の着物を着たうえで、
首を伸ばし、手を伸ばし、背中側を引っ張られ、
二度三度、目の前で着物の端っこを入れ替えられて、
そうしてまた腹回りを絞められる。
何回こんな腹回りに紐を付けるんだ……。
ただでさえ出た腹なんだ、そんなに巻かないでくれ……。
一連の作業がいったい何やらわからなかったが、
「ホレ、できた!」
ボン! と大きな音をたてて腹回りの帯を叩かれ、この着せ替えタイムが終わりを告げた。
終わった後見せられた鏡には、背が伸び、スっとした立ち姿の自分がいた。
「あんた、着物似合うね~」
同級生のお母さんはそう言った。
「うちの娘は細すぎて着物に着られてる感じなんだけど、あんたはいいね~、
体型が寸胴だから貫禄が出るわ」
それが誉め言葉なのか、皮肉なのかはわからなかったが、
自分でもその鏡のなかの姿にはなにかしっくりくるものがあった。
友人の結婚式、妹の結婚式、何度か着物を着る機会が増えて、
そうこうしてる間に自分も結婚することとなり、ただのガサツ女ではいられなくなった。
嫁いだ先にはたくさんの着物があった。
しかし、その時その着物たちはただの箪笥の肥やしであった。
義母いわく、
「昔の嫁入りの時に母親がいっぱい仕立ててくれたんだけど、そこまで着る機会もなくてね…しつけがついたままのものもあると思うの」
しつけとは、新品の着物の袖口についている白い糸である。
この糸がついたままということは、一度も袖を通されたことのない着物であるということだ。
見せてもらった着物の半分以上はそのしつけ糸が付いたままだった。
「わたしにはもう若すぎる柄だから、良かったら着てやってね」
『着てやってね』という言葉の裏に『着物のためにも』という主語が隠されていた気がして、
わたしは
「わかった、ありがとう、機会があったら着るようにします」
と、返事をした。
嫁ぎ先の近くでできた友達は、もともと着物が好きで毎年お正月と夏のお祭りの時には着物や浴衣をなるべく着るようにしている、という子だった。
その友達と近しくなるにつれて、
「着物で出かけよう!」
と、盛り上がった。
「やろう、やろう!」
二人で話し、日付を調整して、決行する日を決めた。
当日は自分たちでなんとか着物をそれっぽく羽織り、帯を締め、髪の毛をお互い整えて、電車に乗って、中心街へと繰り出した。
一人なら恥ずかしかったかもしれないけど、二人だから楽しかった。
5月だったと思う。
本来着物というのは、季節に合わせた柄で楽しむものである。
もう暑くなり始めていたのに、わたしは黒地に桜が描かれた着物、友達は白ベースの浴衣地に赤とんぼが描かれた着物を着ていた。
いま思うと本当に滑稽であるが、「着物を着て外を闊歩する」自体が目的だったわたしたち二人は、そんなこと気にもしなかった。
そして何より、入った純喫茶のマスターが「粋だ」と言ってくれたのだ。
その時、わたしは「なるほど、着物を着た自分はイケているのだ」と思った。
いま思えば、初心者丸出しで恥ずかしく、ちゃんと着物について勉強すればよかったのだが、
それでも、あの体験があったからこそ「また着たい」と思っている。
子どもの百日祝い、卒園式、入学式、お正月の初詣、お花見、休日の喫茶店、書店、神社……だんだんと着物で行ける場所が増えてきた。
いや、増やしてきた。
着物を着る理由を見つけるのがうまくなってきたのだと思う。
本を読んで自分の体型にはどう着こなせばキレイに見えるかもわかってきた。
まだまだ場数は踏めていないし、たまに合わせも逆になって死人の着付けになって慌てることもある。
それでもなんとか着て出掛けた時、ショーウィンドウに映った着物姿の自分を見て、
「おお? なかなかイケてんじゃん??」と思う自分がいる。
ガサツなだけだった女が、少しだけ、ほんの少しだけど『品』を備えることに成功する。
体に纏うとフィットして、背筋が伸びる、自信が持てる、悪くないと思える。
着物は、心理カウンセラーのように「あなたはそのままでいいんだよ」と、わたしを後押ししてくれるのだ。
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