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歯科矯正には魚が似合う


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記事:田中伸明(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
私は自分の笑顔が嫌いだった。
仲間と撮ったスナップ写真を見るたび、私は自分の歯に目が行ってしまう。
前歯2本のうち、1本が前に出っ張っていて、笑顔になるとそれが飛び出て見えてしまうのだ。
他の人は気にならないかもしれないが、私は自分の笑顔の真ん中に、存在感を示す前歯が
気になって仕方なかった。
 
それだけが理由ではないが、私は45歳の誕生日を迎えたことをきっかけに、歯の矯正をすることにした。
 
歯の矯正というと、小学生で済ませることが多い。大人になって歯科矯正をするとは思わなかった。
 
小学生の頃、同級生で矯正をしている子が何人かいた。お昼休み、給食を食べた後に歯磨きを済ませた後、洗面台で友達が何やら見かけないものを洗っていた。矯正装置だ。しかし私はそれが何なのか知らなかったので、興味津々で見せてもらおうとした。しかしその度に「見ないで」と断られてしまった。
よくよく見ると、その友達が笑ったときに前歯にワイヤーのようなものが見える。
「それ、なあに?」
と聞いても誰も教えてくれなかった。
その頃はそれ以上気にすることはなかった。
 
それが歯の矯正だと知ったのは、恥ずかしい話だがかなり最近になってからだ
そして自分の歯ならびが悪いということも、この45歳まで全く気にならなかった。
 
きっかけは、通っていた歯医者さんの一言。
「田中さんは歯並びが悪いですが、ちゃんと磨いてゆけば大丈夫ですからねー。」
大丈夫と言葉では言ってくれたが、そのことに違和感を覚えたのだ。
 
歯並びが悪いのか
 
そういえば下の前歯は重なっているところがあるし、奥歯は真横に内側に生えているものもある。
 
ちゃんと磨かないとマズイことになる
 
その歯医者さんからは逆のメッセージとして私に伝わった。
 
それがきっかけで自分の笑顔が気になりだした。
前歯の出っ張りである。
 
気が付いたら、ネットで歯科矯正について調べていた。
大人でも歯科矯正が可能であること
 
厚生労働省の調査によると、歯科矯正にくる人の20代以上の割合は約30%。
その中で20代から40代の人は80%。50代から70代の人は20%。
ざっくり計算では、20代から40代は全体の25%、50代から70代は5%程度も居ることになる。
全然珍しくないし、恥ずかしいことでもない。
 
公益社団法人日本臨床矯正歯科医会によると、大人になっても歯科矯正する理由としては大きく2つある。
 
・第一印象を良くする
・顎関節症、虫歯、歯周病の予防
 
離婚直後の私としては、これから婚活を始める上で、確かに第一印象は切実な問題だ。
また歯並びが悪いと、将来の歯の病気の可能性が高くなることもわかった。
 
もう自分のこんな笑顔は嫌だ。やろう!
 
2週間後、私は、ある矯正歯科にいた。
そこで先生から、
・大人は矯正治療の期間が子供よりも長くかかり3年は覚悟すること、
・金額は数十万の後半くらいかかること、
・歯茎がやせてしまうリスクがあること
を教えてもらった。
 
大人の場合、歯を動かすことにより歯茎を支える骨が少なくなってしまうため、歯茎がやせてしまうのだという。
私はそれでも第一印象をよくする道を選んだ。歯の健康のためにも。
 
まず、矯正を始める前に歯周病の治療を行うことになった。歯周病を抱えたままでは歯科矯正はできない。
そこで矯正歯科が紹介する歯医者さんに通うことになった。
以後、この歯科矯正を行う間、この歯医者さんにお世話になっている。
 
半年後、いよいよ矯正装置が嵌められた。
歯全体にガチっと防護装置が付けられたような感覚だ。
歯の凸凹をこれで修正していくため、歯には正しい位置へのテンションが常にかかっている。
 
「食事は普通にしても大丈夫ですが、あまり硬いものは避けるように。また歯みがきは欠かさないようにしてください」
 
先生にそう告げられてこの日は矯正歯科を後にした。
食事を普通にして良いといわれても、この痛さでは何も食べたくない。
 
おかゆとか、牛乳とかヨーグルトくらいなら食べれるかな。
そう考えながら帰宅した。
 
数日後、私は友達と食事に行くことになっていた。
 
「何食べたい?」
 
そう聞かれて、私は
 
柔らかいものがいい
 
と年寄りみたいな回答をした。もちろんその友達に笑われてしまった。
 
それ以降、いろんな友達と食事に行くたびに、柔らかいものしか食べられないことを説明する羽目になった。
友達は気を遣ってくれて、柔らかいお肉を出してくれるお店を見つけてくれた。
しかしそれでも駄目だった。痛くて噛めない。
 
面倒くさいのでそのうち
 
魚を食べたい
 
と言うようになった。
魚であれば噛めることに気が付いたからだ。
焼き魚であっても、刺身であっても、噛むのにそれほど痛くない。
 
それに魚が食べたい、と言って「なんで?」と聞いてくる人もいない。
ああ、今日は魚が食べたいんだね、と相手も受け止めてくれる。
 
何度も会ううちに、友達からは「魚が好きな人」と思われるようになった。
肉を食べたいときはあるけど、今はあきらめるしかない。
 
歯科矯正には魚が似合うのだ
 
自分にそう、言い聞かせた。
 
 
 
 
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2020-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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