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疲れが吹き飛ぶ「ご自服」のススメ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高橋実帆子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「あ~疲れた。もう何もやる気がしない……」
 
仕事を終えて帰宅した夕方、玄関を開けた瞬間にどっと疲れを感じることがある。洗濯物を取り込むのも、ごはんを作るのも面倒くさい。子どもたちが帰ってくる前に家事を片づけるべきなのは分かっているけれど、このままソファにダイブしてしまいたい……
 
そんなとき、「アレ」のことを思い出すと、私の脳内にぴこんと裸電球のような小さなランプが灯る。ちょっとワクワクして、0.2℃くらい体温が上がる。
 
そうだ、まずアレをやろう。洗濯物を取り込むか、ソファに倒れ込むかを決めるのは、それからでも遅くない。ゆっくり時間をかけても、10分もあれば十分に楽しむことができる。
 
上着を脱ぎ、手を洗って、電動ポットでお湯を沸かす。
お湯が沸くまでの間に、テーブルの上にお気に入りのクロスを敷いて、小さなお菓子と、茶碗を並べる。
抹茶の粉を、小さな竹のスプーンで1すくい、2すくい茶碗に入れる。
沸騰したお湯を注いでシャカシャカとかき混ぜたら、私の切り替えスイッチ、「ご自服タイム」の始まりだ。
 
私が初めて「ご自服」の場面を見たのは、2年前に通い始めた茶道教室でのことだった。茶道ではふつう、「亭主」と呼ばれる人がお茶を点てて、お客さんに飲ませてくれる。でも、その日は、集まったお客さんみんなのお茶を点て終えた亭主に、「ご自服でどうぞ」と先生が聞き慣れないことを言った。亭主は一礼してもう一服お茶を点て、自分で美味しそうに飲み干した。なるほど茶道では、自分でお茶を点てて飲むことを「ご自服」というのか。
 
そのとき、私の中で何かが閃いた。
 
「そうか! 家でも、自分で抹茶を点てて飲めばいいんだ!」
 
正座も、型にはまったことも苦手だった私が2年以上も茶道を続けてきたのは、先生や教室に集まる皆さんと過ごす時間が楽しかったこともあるが、「抹茶が美味しかったから」というのが大きな理由のひとつだ。
 
口に含むといい香りがして、苦くて、熱くて、とろんとしていて、飲み干すと意識の輪郭がはっきりするような、視界が明るくなるような気がする。
季節や天候、時間帯や点てる人によって、同じ銘柄のお茶でも微妙に味が異なる。
コーヒーとも、紅茶とも、煎茶とも違う、抹茶の不思議な魅力に、私はすっかりとりつかれていた。
 
きちんとした作法にのっとってお茶を点てるためには、たくさんの道具が必要になる。だから、抹茶は教室でしか味わえないものだと思い込んでいたのだが、「ご自服」の場面を見たときに閃いたのだ。
 
「正しいお点前」は、教室でしか練習することができない。でも、自服なら。高価な道具がなくても、家で大好きな抹茶を楽しむことができるんじゃないだろうか?
 
家に帰った私は、さっそくインターネットでお茶碗と、抹茶の粉を注文した。少し考えて「茶筅(ちゃせん)」も追加した。茶筅は、抹茶をかき混ぜるための泡だて器みたいなものだ。ミルクフォーマーなどでも代用できるが、茶筅でシャカシャカかき混ぜると、ぐっと「お茶を点てている」雰囲気が出るので、ひとつあると重宝する。100円ショップでも購入できる。
本格的に道具を揃えようと思えばいくらでも増やすことができるが、最低限、この3つがあれば、あとは家にあるもので、十分自服を楽しめる。
 
茶碗が家に届いた日、私は仕事帰りに好物の苺大福を買って、早歩きで帰宅した。自宅で抹茶が飲めると思うと、一日の疲れも吹き飛ぶような気がした。
先に苺大福を平らげて、いよいよご自服タイム。茶碗をあたためてから、抹茶の粉を入れ、お湯を注ぐ。敷居が高そうに見えて、実は「粉にお湯を注いで混ぜるだけ」というインスタントな手順で味わうことができるのも、抹茶の良いところだ。
 
茶筅で混ぜるときは、手首のスナップをきかせて素早く動かすのがポイント。粉のかたまりがなくなり、表面にうっすら泡が立つくらいになったら完成だ。教室では時計回りに45度ずつ、2回茶碗を回して飲むけれど、ご自服ならば、省略しても大丈夫。
 
口に含むとふんわり広がる濃厚なお茶の香り。苦みとかすかな甘み。思わずため息が出る。茶室の釜で沸かしたお湯を使い、亭主が心を込めて点ててくれるお茶の味にはかなわないが、玄関のドアを開けてから3分でできるお手軽ご自服でも、十分本格的な味が楽しめる。
そして、茶道教室で抹茶をいただくときと同じように、気分が切り替わって、意識がしゃきっとする。背すじが伸びる。
 
私は紅茶や煎茶も好きだ。ゆっくり時間をかけて茶葉を蒸らすお茶には、リラックス効果があると思う。でも、熱い抹茶をきゅっと飲んだ時のように、瞬時に意識が切り替わる感じは、ほかのお茶では味わうことができない。イタリアの人は、カフェでエスプレッソをぐいっとあおって出勤するというが、それと似た感覚かもしれない。私にとって抹茶は、気持ちの切り替えスイッチのような存在なのだ。
 
「ああ、美味しかった。ご馳走さまでした」
 
飲み干して茶碗を置いたときには、今日の疲れも心配事も、既に過去のものになっている。脳細胞の一つひとつがリセットされて、思考回路が動き出す。
茶碗を片づけたら洗濯物を取り込んで、晩ごはんの支度をしよう。今日のおかずは何がいいかな。お味噌汁の具は何にしよう――
 
意識の焦点が、過去や未来ではなく「今」、この瞬間にぴたりと合って、見慣れた風景の粒子が細かく感じられる。抹茶に含まれているカフェインも覚醒を助けてくれているのだろうが、たぶんそれだけではない。短い時間でも、自分自身のために、集中して心をこめて一杯のお茶を点てる。自服の時間が日々の「句読点」になって、私を回復させてくれるのだろう。
 
すっかり自服の魅力に目覚めた私は、この春、「野点」を企てている。野点とは、いわば茶の湯のピクニック。公園など、屋外でお茶を点てて楽しむ。青空のもと、咲き乱れる花を見ながら飲む抹茶は、格別な味がするに違いない。そんな特別な体験を独り占めするのはもったいないので、誰かとお菓子を持ち寄って、それぞれ気がねなく「ご自服」するのもいいかもしれない。お茶の楽しみは尽きることがないのだ。
 
――よかったら、あなたも一杯、ご自服はいかがですか?
 
 
 
 
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2020-03-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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