メディアグランプリ

なぜ山に登るのか


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:古畑 佑奈(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「もう、無理!!」
 
私たちは3,210mの山を登っていた。体はもうボロボロだった。足はガクガク、特に膝が痛い。日照りが強く、汗ダラダラで、いったい何回日焼け止めを塗り直したことだろう。正直、そんなことはどうでもよくなるくらい疲れ果てていた。
 
「はやくはやく」
 
ネパール人の山岳ガイドは、先ほど教えたばかりの日本語をさっそく使って、容赦なくまくし立ててくる。
 
のんびりリラックス、日々の疲れを癒すための旅行のはずだった。
 
なぜ山に登っているのか。
 
話は数日前にさかのぼる。
 
私たちはネパールに旅行に来ていた。
 
特にプランは決めていなかったが、アーユルヴェーダ(一言でいうと、オイルマッサージ)をして、あとの時間は街で安いお酒を飲みながら、だらだらできればいいかなぁと考えていた。
 
「何をする予定なの?」
 
初日に泊まったホステルのオーナーは日本語が達者で、ニコニコしながら私たちに聞いてきた。
 
何も決めていなかったのでお勧めの場所を聞くと、プーンヒル(Poon Hill)と言われた。
 
聞き覚えはなかった。オーナーはさらに続ける。
 
「ネパールに来たらみんな山に登るよ。なんのために来たの? みんなトレッキングのためにネパールに来るよ。絶景だよ。大丈夫、普段山登らない人でもみんな登ってるから登れるよ。辛くないよ」
 
あまりにも強く勧めるため興味が湧いてきたところ、
 
「3泊4日かかるんだけど」
 
と言われた。さすがに長すぎる。それは想定をはるかに上回る本気モードの提案だった。散歩しようと思って外を歩いていたら、いきなりフルマラソンを走ろうと誘われた感覚である。
 
私たちの旅の予定は8日間だった。さすがにその半分を山登りに費やすほど、山登りに対して情熱を持っていなかった。山に登る気なんてさらさらなかったので道具も持っていないし、運動不足で体力にも不安があった。
 
その場で答えが出なかったので、「考えておく」と言って、その日出会った観光客何人かにお勧めの観光地を聞いたところ、だいたいの人がプーンヒルと答えた。
 
そんなわけで、私と友人は見事に洗脳され、意を決して山に登ることに決めた。
 
山に入るにはガイドをつける決まりがある。迎えにきてくれたのは陽気なネパール人だった。日本語はわからないとのことで、私たちは簡単な英語でやりとりし、時々母国語を教えあった。
ちなみに、3泊4日の旅程は2泊3日にしてもらい、途中まではジープに乗った。
 
そして話の冒頭に戻る。
 
みんな登れる、という証言はなんだったのか。めちゃくちゃ辛い。
洗脳された自分たちに少し後悔した。
ひたすらに石段を登る。とにかく上へ、上へ。呼吸が乱れる。これはまるで修行だ。
じりじりと照りつく太陽が体力を奪う。感情が無になってくる。
間に合わせで買ったニセモノアウトドアグッズ(ノー○フェイスのロゴの付いたマウンテンパーカー約3000円などなど)が意外と機能的で貢献していたのがせめてもの救いであった。
 
途中、大きな荷物を背負ったロバやバッファローが横を通り過ぎでいく。最初は物珍しさで興奮した。特にロバはつぶらな眼をしていてかわいい。だが彼らは、時々歩きながら排泄した。なんともうれしくない置き土産をしていくため、それを避けながら斜面を登るのに非常に神経を使った。
山小屋は意外と快適であった。シャワーもお湯が出た。Wifiもつながった。
ネットで修行僧の記事などを調べて、身体は疲れきっていたが、なんとか気持ちを鼓舞した。
夜は時々停電して、その都度真っ暗になった。暗闇は怖かったが、なぜかわくわくもした。星が落ちてきそうだった。少し寒い時期だったので、暖炉で暖まりながらゆらぐその火を見つめ、考えた。

人はなぜ山に登るのか。

山に登って、大自然に触れることで自分がちっぽけな世界で生きていることを実感する。
しかし。
登り坂がきつすぎて、何度も何度も休憩した場面。
ヒル(血を吸う虫)に噛まれそうになり大騒ぎした場面。
かすかに死を感じた場面。落ちたら死ぬな、という究極の恐怖を感じた場面。
 
こんなに辛いのに、なぜ人は山に登るのか。

それは、お産に似ているのかもしれない。時に命がけ。その辛さの先に、それまでの苦労が一瞬にして吹き飛んでしまう世界。うれしいとか、楽しいとか、そんな一言では表しきれない感情。
 
実際に3,210mの頂上についたときは、言葉が出なかった。
360度、見たことのない絶景。
 
そして、無事に下山した私たちは、足取りこそ小鹿のように頼りないものになっていたものの、なんだか生まれ変わったかのように、自信に満ち溢れていたのだった。
 
また、山に登りたい。
 
なぜなら、あのときの感動を表す言葉を、まだ見つけられていないからである。
 
 
 
 
***
 
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2020-03-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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