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メディアグランプリ

煩悩クッキング 煮出す、煮出す編


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:谷中田 千恵(スピード・ライティングゼミ)
 
 
わたしは、昔から、人との距離感がうまくとれず、友人が極端に少ない。
そのため、そもそも自宅に人が来るという状況が、ほぼ皆無だった。
 
ところが、1年前にフリーランスとして独立をすると、事務所兼、自宅である我が家には、お客様が出入りするようになった。
とてもありがたいことだが、明らかに、経験が不足している。
どんなおもてなしをしたらいいのかが、全くわからない。
 
まず、飲み物をどう用意していいのかがわからない。
無難に、コーヒーがいいかと、最初は近くのコーヒー専門店で粉にひいてもらっていた。
しかし、私自身がコーヒーを飲まない。どんな風に淹れたらいいのかがわからない。ネットのハウツーを頼りに、なんとか淹れても、コーヒーのおいしさがわからないから、味見もできない。
おそらく、コーヒーとはこんなものだろうという飲み物を、お客様の顔色を伺いながら恐る恐る飲んでもらうという状況になる。
 
これではいけないと、ある時から、普段から飲み慣れている、ほうじ茶を淹れるようにした。
ところが、一人分の準備とは、勝手が違う。
たっぷりの茶葉を急須にいれても、どうにも薄い。3椀目ぐらいまでは、調子がいいのだけれど、6椀目には、「なんとも力、及ばず」という無念な薄いお茶が出来上がる。
お客様対応をしながらだから、気持ちも焦る。
茶葉を足せばいいのだけれど、どうにも気が回らない。
一度湯のみに入れたお茶を、急須に再度戻したりする。
どんどん冷める。もう一度、湯のみに淹れるも、やっぱり薄い。
そして、やっぱり冷める。冷めた、うっすらほうじ茶の香りのする液体が出来上がる。
焦っているので、そのまま提供する。こんなお茶で大丈夫だったろうかと、顔色ばかりを伺う。肝心の話の内容が入ってこない。内容が入ってこない上に、ほうじ茶の香りのする液体は、しっかり湯のみに残ったままだ。がっくりと肩をおとし、なんの時間だったかと、夕方になって後悔する。
この繰り返しだ。
 
こんな状況に、打開のチャンスを与えてくれたのは私の数少ない友人の一人だ。
 
お料理上手のこの友人、度々自宅で食事会を開いている。
先日もお食事会のお誘いを受けた。料理のセンスのかけらもない私だが、これはチャンスと、無謀にも事前準備のお手伝いに名乗りを上げた。
 
足手まとい選手権、日本代表入りも目前の働きぶりだったが、得たものは大きかった。
揚げ物は、衣をつけ、冷凍をしておくこと。デザートは、小皿に盛り付けておき、もう出すだけの状態にしておくこと。覚えることがたくさんで、メモを取る手が追いつかない。
最も衝撃を受けたのが、お茶の作り方だった。
 
彼女は、大きなやかんに、たっぷりと茶葉を入れ、お茶を煮出していた。
やかんを火にかけ、タイマーをセットすると、さっと別の作業に移る。
その流れの無駄のなさったら、ない。
タイマーが時間を知らせると、小さく味見をして、茶漉しを通してポットに移す。
そういうことか! これなら、最後の一滴まで同じ濃度だ。
お客様の前で、バタバタと茶葉の分量に悩むこともない。
 
自宅に帰り、早速、ほうじ茶を煮出す。
我が家のやかんは、口が細いので、小鍋で代用をした。
友人が、タイマーを使っていたことは覚えているが、何分にセットしていたかがわからない。
慌てて、麦茶の箱を取り出して、説明書を読む。
ほうじ茶ではないが、同じお茶なので、問題はない。
「3分煮出して、火を止めて20分蒸らす」とのこと。蒸らすと冷めるので、3分の部分だけ採用だ。大丈夫、大丈夫。
 
茶漉しもないので、引き出しの奥から出てきたお茶パックなる不織布の白い袋に茶葉を詰めた。
火にかけると、お茶パックが、小鍋の中でくるくると回り出す。
 
それを見ながら、私は、うっとりとする。
 
お茶パックが、回る様子が美しいからでは、決してない。
「お茶を煮出す私」にうっとりしているのだ。
 
お茶を煮出す人は、なんとなく「きちんと」生活をする人だと思う。
私は、今、「きちんと」生活して、「きちんと」生きているのだ。
毎朝、寝坊をする遅刻の常習犯の私が、ひっくり返ったままのズボンを洗濯機に突っ込む私が、スナック菓子をおかずに白米を2膳も食べるあの私が、「きちんと」している。
 
そのことに、うっとりとしているのだ。
 
タイマーのアラームが無情にも、現実に引き戻す。
小鍋の中は、きれいな琥珀色になっている。
少し湯のみに移し、口に含むと甘い!
ほうじ茶が、甘い。香りも普段より断然、濃い。
とても同じ茶葉とは、思えない。
 
ほうじ茶の深い芳香に酔いしれながら、私は、はっきりとズボラ人生の終結の音を聞いた。
明日から、私には、「きちんと」した毎日がやってくるに違いない。
 
事実、次の朝から、早起きをして毎日ほうじ茶を煮出している。
朝日の差し込むキッチンで、小鍋を覗き込む喜び。
至福の時とは、このことだ。
私は、すっかり新しい私へとアップデートを果たしたのだ。
 
そんな生まれ変わった私にも、ただ一つの悩みがある。
 
小鍋から、ポットへ移す際、もれなく毎回、ほうじ茶の1/3をポットの外へこぼしてしまうことだ。
IHの上には、たっぷりと大きな水たまりができる。
 
勢い任せに小鍋を傾けるのが、問題なのだろうか。
 
まあ、新しい私には、大した問題ではない。
布巾の事前準備も慣れたものだ。
 
何しろ私は、「きちんと」しているのだから。
 
 
 
 
***
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 

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2020-03-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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