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メディアグランプリ

布買いの底なし沼


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小川裕子(ライティング・ゼミ特講)
 
 
布好きには陥りやすい罠がある。その罠とは「布買いの底なし沼」である。
わたしの仕事は、布ぞうり作家だ。材料に布は欠かせない。布ぞうりには鼻緒という部分がある。布ぞうりのいちばん目立つ部分だ。その鼻緒の布の柄が商品の価値を決めるといっても過言ではない。だからわたしは日々ステキな布を探している。
布好きでかわいい布に目がない人間のことを、わたしは「布らー」と呼んでいる。布らーは、布に関する限り、自制心が著しく乏しい。それゆえ布らーの多くは、家族に内緒で押し入れやクローゼットにあふれるほどの布を隠し持っている場合が多い。
なぜ、あふれるほどの布を持っているにもかかわらず、布らーは布を買い続けるのであろうか。それは、布が見せてくれる可能性のせいである。
服を買うのもたしかに楽しい。新しい服を試着するとすごくテンションが上がる。ただしスカートを買ってもスカートはスカート。それ以上ではない。
それに引き換え、布らーがお気に入りの布を見つけた場合を考えてみよう。多くの布らーは、好みの布を見つけると、なにに仕立てるか頭の中で忙しく考えを巡らせる。
「ぎゃーっ! この布、なんてかわいいの? スカートにしたらかわいくね?
いやファブリックパネルにして飾るっていう手もあるよね。あー、どっちにしようか迷う~! とりあえず両方買っとこ」
などといった思考を経て、布らーは購入に至る。ここまで読んでお気づきだろうか。布らーは布を買う時、布そのものよりも「可能性」に心をときめかせている。一枚の布は無限の可能性を秘めている。そして、ここからがさらに重要なのだが、その布を作品に仕立てていく「できる自分」にも夢を見ているのである。
スカートも作れる。帽子も作れる。その気になれば、台襟のついたシャツだって仕立てられる。いや、そんな大作でなくても、巾着でもいい、バッグでもいい。とにかく「作れる自分」に酔ってしまうのである。
だがしかし! いざ手をつけ始めてみるとわかるのだが、作ることは地味な作業だ。大作になればなるほど面倒な手間が多い。ソーイングとは地道で忍耐を要する作業なのである。
ミシンに向かっていると布らーは思う。あぁ、疲れた。ちょっと休憩しようっと。布らーはカフェオレを入れ、ダイニングテーブルの椅子にどっかと腰を下ろす。すると、テーブルの上のノートパソコンが目に入る。
そういえば、あのショップ、新作の布は入荷したかな? ちょっとチェックしておこう。そんなことを思ってパソコンのスイッチを入れたが最後、さっきまでスカートを縫っていたことも忘れ、また布探しの果てなき旅に出かけてしまうのが、布らーというものなのである。
「あ、これかわいい! 1mならいいよね。買っとこ。あ、これも外せないなぁ。しょうがない。1mだけ買っとこ」
思いのままカートに布をぶち込んでいくあの時の高揚感をなにに例えたらいいだろう。まるでドラッグを打っているかのような快感である。(ドラッグやったことないけど)こう書いてみるとわかる。布らーは立派な中毒患者だ。
しかし、夢から覚める日というのは来るものである。少なくともわたしには来た。
ある日、わたしは、届いたばかりの布をしまおうとして、いつものように押し入れの引き出しを開けようとした。しかし、やけに引き出しが重いのだ。よくよくみれば見れば、1間の押し入れまるまるひとつが、もう布をしまえる隙間がないほどびっしり布で埋めつくされている。
「一生かかっても使いきれる量ではない」
そう思い知った瞬間、わたしの顔は青ざめた。とりあえず、そそくさと引き出しに布を押し込みその場を立ち去った。けれど、見てはいけないものを見たような気がした。
そのうち、押し入れから、
「いつ仕立ててくれるの? いつ形にしてくれるの?」
と、声なき声が聞こえてくるようになった。いや、声は、押し入れから聞こえたのではない。もう一人のわたしがわたしの耳元で絶えずささやくようになったのであった。
わたしをはじめとした多くの布らーは、自分をよくわかっていない。ソーイングがなにより好きと思いこんでいるのだが、なにより好きなのは、「布を買うこと」である。だから押し入れの布はいつまでたっても消費されることなく、ただ増え続けていくのである。
大好きだった布が重荷になる。それは、大好きだったあの子がなんだかこのごろ疎ましくなってきたというのに似ているかもしれない。
「あんなに好きだったのに……」
布でも彼女でも、いったん鼻につき始めると顔を合わせるのもしんどい。耳元では「早く早く形にして。スカートにして?ブラウスにして?バッグにしてくれるんじゃなかったの?」と恨みがましい声が聞こえてくる。
そんな布との関係に耐え切れなくなったわたしがとった行動は、残酷なものだった。
よく晴れたある日、わたしは大量の市指定の燃えるゴミ用の袋を買ってきた。無言で座敷の押し入れの戸を開けると、引き出しの中の布をかたっぱしからゴミ袋に詰め込んでいった。思考は一切停止。わき目もふらず手を動かした。
ゴミ袋へ詰め込む作業が終わったら、息つく間もなくゴミの集積場へと運びこんだ。そして後ろをふり返ることなく、逃げるようにして家へ戻った。これがわたしと布との結末であった。最愛の布とずいぶんひどい別れ方をしたものである。
いまでもネットショップでステキな布はたくさん見かける。けれどそんな時は、自分が布にしたひどい仕打ちを思い出すようにしている。
ちなみに、あの時わたしが捨てた布の総額は7桁を超えていた。これは絶対に夫には言えない。わたしが墓場までもっていくことである。
ネットショップでうかつにカートに布を入れそうになったときは、その7桁の金額を思い出す。ブレーキはしっかりかかるようになった。まだまだ元はとれないけれど、いまでは節度ある布らーとして買い物をし、製作「も」励むようになった。
 
 
 
 
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2020-04-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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