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「中学生の足が傷つくなんて、その人にはどうでもいいはずだ」 ビルケンシュトックをくれた大人のハナシ。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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タナカ。(平日ライティング・コース)
 
 
フラットなサンダルが欲しくなって「ビルケンシュトック」の専門店に行った。
 
「恐ろしく高くて買えないわ……」と諦めていた去年の夏。
 
実家のシューズボックスから、なぜか白いビルケンシュトックが出てきた。
 
もちろん、自分で買った覚えはない。
 
「ええ?なんで家にビルケンシュトックがあるのや?」と軽く混乱して。
 
だけどすぐに思い出した。
 
10年前にある人がくれたサンダル。
 
……中学3年生の夏。
私は、とある舞台のリハーサルを手伝っていた。
 
舞台袖について、すぐ。「ああ、やってしまった」と思った。
 
スニーカーを忘れてきてしまったのだ。
私が履いていたのは、無駄に高さのある安っぽいヒールだった。
 
舞台の板はとても薄くて、脆くて、ほんのわずかな音でも拾ってしまう。ましてや、中学生が履くヒールの甲高い音なんて最悪だ。
 
ヒールに手をかけて、舞台袖の端にそっと隠した。
 
……「なんで、裸足!?」その人に声をかけられた。ほとんど同時だった。
 
「あ、あの私、今日スニーカー忘れちゃって。ヒールの音が響くといけないので……」と小声で返事をする。舞台から流れる音楽に、私の声はときどきかき消される。
 
「ええ!舞台はささくれもあるから危ないよ。ちょっと待ってて!」
 
そう言い残して、どこかへ行ってしまった。
 
数分後。
汗だくになったその人は、近所の靴屋さんのロゴが入った袋を抱えて帰ってきた。
 
中にはまっさらなビルケンシュトックが入っていた。
 
「とりあえず、これ履いて。あげるから」
 
白いペタンコのサンダルだった。こくりとうなずいて、そっと足を通す。
 
初めて履いたビルケンシュトックは、ふわふわで、フラットで、とても歩きやすかった。
 
足裏にコルクがあたって気持ちが良い。ふわふわと宙を歩く。
 
「ありがとう、ございました。大事にします」
 
頂き物のビルケンシュトックの活躍によって、私の足は無傷に終わった。ささくれに傷つけられることは、少しもなかった。
 
ビルケンシュトックに足を通したのは、それっきりだった。
その人がサンダルをくれたことさえ、10年間すっかり忘れていた。
 
10年の月日がたった夏。
その人がくれたビルケンシュトックに、そっと足を通した。
 
今は舞台の袖じゃない。ただの玄関で。
 
ビルケンシュトックは、相変わらずふわふわで、フラットで、とても歩きやすかった。
 
「まさか、こんなに良いサンダルをもらっていたとは……」と頭を抱えた。
 
「ワンコインのワゴンセールでもやっていたのかな?」なんて。あの頃は、かなりノーテンキなことを考えていたものだ。
 
それくらい。中学生の足がささくれるくらい。
 
その人にはなんの関係もないことなのにね。
 
暑い夏の日。本当に、本当に暑い夏の日に、たったひとりの中学生のためにサンダルを買いに走った大人のことを思い出す。
 
足のサイズなんてわかるはずがない。
 
だけど。その人は汗だくだった、夏。
 
今ならもっと気の利いたお礼だってできるのに、きっともう会えない。会わない。
 
「ありがとうございます」しか言えてない。それじゃ足りないね。
 
10年ぶりに足を通したビルケンシュトックは、あいかわらず上質で。大人になって少し大きくなった足にピタリとフィットした。
 
初夏って感じがして「ああ、また夏がくるぞー!」って叫びたいくらいで、その人に、とりーさんに会いたくなった。
 
とりーさんは舞台を手伝うスタッフさんのひとりだった。私たちにとって、お兄ちゃんのような存在。舞台の練習を手伝ってくれたり、合間をぬって、たくさん遊んでくれたりした。
 
遠い記憶。
 
舞台の練習中、上手に歌えたこどもたちには「ヒヨコ」のシールをくれた。とりーさんの苗字は「鳥居さん」だった。
 
「お腹空いた〜」って言ってみただけなのに、手作りのわかめおにぎりを「食べなさいな」ってくれた。とりーさんのおにぎりは、2しかなかった。
 
とりーさんは、演劇の人でも、この街の人でもない。
もうずっと長い間、少し離れた別の県で、電車を運転しながら暮らしている。今も多分、ずっと。
どうして、夏になると会えていたのか?
どういう関係の人だったのか?
今となってはなにもわからない。わからなくていいことなのかもしれない。
 
……ただ。
あのとき、あの場所にいたたくさんのオトナたちは、今どうしているのだろう?
 
あのとき、あの場所にいた子どもは、気がつけば初めて出会った頃の、とりーさんと同じ年になってしまいました。
 
愛されていた私たちは、いつか優しい大人になれるだろうか?
 
もし今目の前で、裸足の中学生がいたら、飛んで走って、汗かいて、汗だくでサンダルを「とりあえず、これ履いて。あげるから」って言えるかなあ。
 
優しい気持ちをかけてもらった私たちは、いつか……
 
……パタパタと歩く。ビルケンシュトックと歩く。
 
夏っていう、ただそれだけで全てがキラキラしていた「あの夏」を抱きしめて。
転んでも、つまずいても、歩き続ける。
 
11年目のビルケンシュトックと一緒に歩く。
 
 
 
 
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2020-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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