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メディアグランプリ

キャッチボールで埋まる距離


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:かのこ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
先日、恋人とキャッチボールをした。
 
最近まったく外出できていないからストレス溜まっちゃうね、という会話の流れで、「じゃあキャッチボールしませんか?」と言い出したのは恋人のほう。即座に「今日行くかぁ」と返したのは、運動音痴だけどキャッチボールぐらいなら出来るはずだし、すこしでも運動不足を解消しておきたかったからである。
 
キャッチボールできそうな場所を見付けるのに苦労したけれど、なんとか公園の端に場所を確保して荷物をおろした。必要なものを詰め込んできたらしい恋人のリュックを何気なく開けて、……中身を見たわたしは、ちょっと固まった。
 
「あの」
「はい?」
「今日ってキャッチボールするんですよね?」
「うん」
「グローブ……?」
 
リュックの中にあったのは、使い込んだグローブが2つと、軟式野球でよく見るボールが1つ。すなわち、“ガチのやつ”である。対してわたしが知っているキャッチボールは、やわらかいボールをキャッキャウフフしながら投げ合うものだった。ガチの野球グッズが出てくるとは想像だにしていなかったのだ。
 
同居人は不思議そうに「そりゃ必要でしょうよ、グローブ」と言う。
その言葉を聞いて思い出した。
 
そういえばこの人、元ピッチャーだった……っ!!
 
……観念しながら手にはめたグローブは、使い込まれているからかかなり柔らかかった。そして、グローブをはめた手で握るボールは、全然「握っている感覚」がない。こんなのでボールを獲れるんだろうかと首を傾げたけれど、とりあえずやってみましょう、と言われたので、とりあえずやってみることにした。わたしが投げて、相手が獲るところから。
 
わたしのボールは弧を描いて、すとんと相手のグローブへと収まった。収まった瞬間にすぐにリリースされるボール。わたしのボールと同じように弧を描くものだと思っていたら、スピード感をもって一直線にこちらにビュンッと飛んできた。焦って左手を前に出したら、思いっきりグローブの指先で弾いてしまった。
 
やっぱりわたし、運動向いてないんだよなぁ。逃げたボールを追いながらぼんやり考える。ふたたび定位置に戻ったら、恋人がこちらに走ってやってきた。
 
「ボールを獲るときはね、今みたいに前のめりにならなくていいんですよ」
「そうなん?」
「そう。ボールはグローブに吸い込まれるもんだと思って。自分がわざわざ動く必要はないから、腕をただ伸ばすだけでいい。親指と人差し指の間の、このポケットにシュートするだけだからね」
 
左手にはめたグローブに視線を落とすと、たしかに親指と人差し指の間にはボールが入りそうなところがある。よくよく見ると、そこだけグローブが擦り減っていた。なるほど説得力がある。
 
距離を取り、もう一度相手からボールを投げてもらった。ポケット、ポケット、ポケット……。ビュンッと飛んでくるボールから決して目を離さず、自分のいるところにボールが飛んでくるものと信じ込み、ちょっと屈伸しながら、左腕だけをその方向に伸ばす。親指と人差し指の間に、ボールは吸い込まれるように――入った!
 
嬉しくて嬉しくて「獲ったー!」と叫んだら、遠くにいる相手から「ナイスキャッチ―!」と返ってきた。これがまた嬉しい。でへへと気のゆるんだ顔のまま、ぽーんと弧を描くようなボールを投げ返した。
 
それからも、彼は何度かわたしの元に駆け寄ってきて、彼なりの「もっとこうするといいよ」を教えてくれた。
 
教えてくれる「もっとこうするといいよ」を実践するたび、ちょっとずつちょっとずつ、キャッチボールがスムーズに進むようになっていった。ラリーがちゃんと続くようになった、と言えば伝わるだろうか。1時間ほど経った頃、彼の教えを守りながら投げたわたしの一球が、バシンッ! と相手のグローブで鳴った。
 
「おおっ、ナイスボール! めっちゃいい球!!」遠くで相手が言う。
 
――これが「いい球」だということを、わたしはそのとき初めて理解した。
 
わたしが知っているキャッチボールは、長らく、大人とこどもの遊びというイメージだった。相手が獲りやすいように、ボールは弧を描いて投げるものだと思っていたし、ボールはしっかりと両手のひらで掴むものだと思っていたのである。
 
でも、彼が知っているキャッチボールは、そうではなかった。グローブ2つと野球ボールでおこなう遊び。全力で投げられたボールは一直線にグローブへ向かう。そのボールをグローブにすっぽり収め、すかさずまた、同じように相手に全力で投げ返すものだった。
 
わたしは彼の思う「キャッチボール」を想像できなかったが、彼はわたしの思う「キャッチボール」を容易に想像できた。そのうえで、決して「自分のキャッチボール」を押し付けることなく、でも妥協することもなく、わたしのフォームを見ながら的確なアドバイスをくれたのである。お互いにとってハッピーな「キャッチボール」をするために。
 
言うまでもなく、わたしはその日、めちゃくちゃ楽しむことができた。褒められながら「+α」を教えてもらえて、自分でもわかるぐらい上手になったのだから、そりゃ楽しくないはずがない。いい球を投げられる回数も増え、相手も嬉しそうだった。
 
公園を撤収する際に「またキャッチボールしたいな、家の近くでもいいからさ」と言ったら、それはそれは驚いた顔で「まさかあなたから誘ってもらえるようになるとは……」と返された。咄嗟に笑ってしまったけれど、わたしたちはたぶん、また近いうちにキャッチボールをするだろう。
 
自分の理想を押し付けるでもなく、相手の理想が間違いだと言うでもなく、ただ行動で示しながら導くこと。信頼関係があるからこそ成立するアドバイス。これがどれだけ難しいか、あなたにもきっとわかるだろうか。
 
相手の言動を変容させるためには、まず、道を敷かなければならないのだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-04-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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