こっちから願い下げだ!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:吉池優海(ライティング・ゼミ特講)
ある「空気」を感じたことがある。
それは6年近く前の家族3人で住まいを変えるタイミングのことだった。
人生で初めての引っ越しで「自分の部屋ができるかも!」という期待に胸を踊らせ、高校2年生の夏休みに両親と内見にでかけた。
部屋は9階建ての建物の8、9階。本来ならそれぞれの階に1つずつ部屋があったのだが、中に階段があり2階分使える部屋になっていた。
その部屋のなんて広いこと。
それまで住んでいたマンションの間取りと比べると雲泥の差だった。
リビングは広く、寝室の数も十分でもちろんそれぞれの部屋も広い。L字型の広いキッチンは料理が好きな父も気に入っていた。
不動産の担当者とは「広くていいですねー」なんて話していたのを覚えている。
和やかに内見を終えて帰宅した、のだが。
「日当たりいいのに、なんでなんだろう。部屋暗くない?」
3人の意見が一致した。
まさにちょうどその時、テレビで事故物件を表示するサイトが紹介されていた。
「ま、有り得ないだろうけど」と思いつつ、私はその物件の住所を打ち込んだ。
「8、9F 飛び降り自殺」
身の毛がよだつとはこの事か。すぐに両親にそのページを見せた。
「…………」
暫くの沈黙のあと、母親が口を開いた。
「そういえばベランダの柵、なんかすごい高かったなぁ……」
広い部屋だったが候補からはずしたことは言うまでもない。
それまで物件を見に行ったりすることはなかったがゆえに、まともな物件がどのような空気を発しているのか私はわからなかった。
それでも、高校生という多感な時期にあの広い部屋から感じ取った空気は「自分が日常生活で感じている空気」となにかが違った。
内見をした時間は昼間で太陽も昇っている時間帯。窓から陽は射していたし、電気をつけなくてもちゃんと明るかった。それでもどことなく暗かったのだ。
太陽が元気な真夏日に雨雲が近寄ってきている、あの暗くなって雨が降る直前のようななんとも言えないどんよりとした空気。クリーニングも済んでいたはずなのに少し湿っぽい玄関。
調べてよかった、あの番組をみてよかったと心の底から思った。
今でもこのときのことをたまに話すのだが、最近になってまた新たに「少し怖い物件」に巡りあった。
千葉県の浦安市で一人暮らしをしていた私は引っ越しを考えていた。とにかくはやく当時の部屋を離れたくて、急ピッチで物件探しをしていた。
何件目かに内見した物件で、妙な違和感を覚えた。
うーん……バストイレは別だしガスも都市ガス、部屋もまぁ狭くはないし、なによりキッチンが広い。ベランダも広い。家賃も希望範囲内。
自分の求めている条件は満たしている。
それなのに、どこか引っ掛かる。
…………あー、あれだ。あの物件と同じだ。
結果をいうとここは事故物件ではなかった。
ただ、霊道(簡単に言えば霊的な者たちの通り道だ)がある物件だった。
「霊道なんて信じてんのかよ」と言いたい気持ちはわかる。私だって霊感があるわけではない。ただ、人間関係とか自然現象とかそういうもの以外から心身に影響を受けやすい自分はちょっと見逃せない案件だった。
帰りの電車で難航する物件探しに溜め息をつきながら窓の外を眺めていた。この物件を見に行った日、不動産の担当者に紹介された別の部屋も「告知事項アリ」だったことが余計気持ちを暗くさせていた。
その時ふと気付いた。
「建物も人と同じだ」
難航していた理由も、引っ掛かる物件が連続で私の周りにあったことも、腑に落ちた。
建物だって個性がある。デザインする人によって同じ見た目でも中は違うし、使用用途に寄っても変わってくる。
電車の窓から見える建物は、屋根の色も壁の材質も、建物自体の形も様々だった。もちろん戸建てもあればマンションもあり、住居ではなく店舗もあった。
ひとつひとつ違う。こんな当たり前のことに気付いていなかった。
物件選びのとき「人間が建物を選ぶ」というのが人間からしたら当然なのだが、建物からしたらまったく逆の話だ。「我々建物が住居人を選んでいる」という感覚だろう。
いい建物がなかったのではなく、私を選んでくれる建物がなかった。
ただそれだけのことだった。
物件側に審査されている気持ちになってみよう。
「私の前の住居人はとても丁寧に部屋を使ってくれた。あなたはどんな風に部屋を使うのかね。」
「えー……っと、うーん……基本的に片付けは苦手ですね、掃除機とかかける以前に床が見えないことが多いです。キッチン使うのは気まぐれだし……水回りの掃除も苦手かな、もうやらんとまずいかなくらいになったら掃除します。あと夜型なんで基本太陽の光家に入れられないです、日中カーテン閉めてるんで。」
「いやちょっと無理だわ、他当たって。」
……まぁ当たり前にこうなるだろう。
建物本体からの審査が通ったとしても、事故や霊道という特殊な個性が「空気」となって私を拒否したのだ。
浦安の隣の駅で物件探しをしていたのだが、どこも決め手には欠け「いいかも!」と思った物件は空気がだめだった。
もしかしたら建物の個性だけではなく土地の個性なんかもあるのかも、土地自体が「ちょっと今のあなたじゃだめです」っていっていたかもしれない。
私はたまたま引っ掛かる物件に当たったからその考えに辿り着いたが、物件探しが難航して「もう時間がないから内見しないで決めちゃおう」という考えはあまりおすすめしない。
違和感を覚えるような空気の場所で人間は落ち着くことなどできない。
事故物件とか気にしない、という人でももしかしたら実は建物からの審査に落ちているかもしれない。
……とまぁ大分ファンタジーな内容になってしまったが、こう捉えることで私は物件探しを潔く諦め、しばらくは両親のもとに戻ることをすんなり決めることができた。
一人暮らしをしていたときの質素な食事とはおさらば。狭くて寒いユニットバスは浴室冷暖房がついた足を伸ばせる広々としたお風呂に変わった。
はー、ひさしぶりに快適な生活。
……「引っ掛かる物件」に出会えて、案外よかったのかもしれない。
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