実らない秋に本を読んだ話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:新明 文 (ライティング・ゼミ通信限定コース)
「78㎝!? これ、誰のウエストですか? 私ですか?」
ウエストを測り終えた看護師さんが、健康診断のカルテに78と記入した。
「ええ、そうですよ」
笑いながら、申し訳なさそうに、看護師さんが言った。
「そうですか……」
正直に言って、かなり動揺していた。
「ヒップかと思いましたよ」
冗談を言って自分を誤魔化した。
「通りでズボンがきつい訳や」
つぶやきながらフラフラと家に帰った。
太ももが太いからズボンがきついのかと思っていた。そういえば最近、ズボンの着心地が悪いのでウエスト部分がゴムでできたゆるゆるスカートばっかり着ていた。
「ベルトで縛られないけん、ウエストも油断したのかもしれんなぁ」
と私のウエストなのにウエストだけ別の人格のように扱って自分を慰めたりもした。
今から20年前はウエスト58㎝だった。第一子を出産した後は元の体形に戻った。産後太ると世間一般では言うが、私の場合は逆で、産後痩せた。慣れない育児で神経をすり減らしていたのかもしれない。
第二子の産後も痩せた。が、その後太った。自分の時間が全くなくなり、ストレスが溜まっていたのかもしれない。運動もせずお菓子ばかり食べていた。危機感がなかった訳ではない。菓子パンを食べないとか、痩せるまで服は買わないとか、色々チャレンジはしていた。でもすぐに諦めた。一度は痩せることができたから、いつか痩せることができると楽観的に思っているところもあった。
ウエスト58㎝だった頃の私は、愛嬌だけはよかった。にこっと笑って色んなことから逃げてきた。人前で発表するときや初対面の人と話すときも何とか愛嬌で乗り切っていた。
ある会社の最終面接で「笑っているだけじゃだめだよ」と言われたことがある。流石、人事のプロ。見抜いているなと思った。もちろん採用には至らなかった。
要領もよかった。努力家で不器用な兄を見て育ったからであろうか。努力して失敗している兄を見て、学んだ。兄ができることは、お手本を見ているので、失敗せずに何でもできた。兄ができないことは最初から私もしなかった。
涙腺もゆるかった。怒られるとすぐ涙がでた。涙をこらえてもすぐ出てしまう。先生、上司は怒りたくても怒れないようだった。涙が私を守っていた。
愛嬌がよく、涙腺がゆるいウエスト58㎝の失敗しらずの女の子。生きていくのは簡単だった。簡単に生きることに何の疑問ももたなかった。
しかし時は経ち、今はウエスト78㎝のおばさんである。
ウエストだけじゃない。そのほかの劣化もすさまじい。顔のほほ肉はこけているのに顎は二重だ。ハリのあったほほの肉が重力に逆らえず、地面の方向に垂れて、顎で定着したのだろう。
今は、にこっと笑って誤魔化しても誰にも通用しない。
涙腺をうるうるさせたくても、一滴も出なくなった。
チャレンジも失敗もしていないので、経験が浅い。
私の中身は空っぽだった。
人生の折り返し地点に立ち、初めて「生きにくさ」を感じた。自分と社会に隔たりを感じた。同じくらいの年齢の友人と話していると、自分だけ取り残されているような気がした。
何も変わらない繰り返される毎日に虚しさを感じた。子どもの成長をみて喜びを感じたが、いつかは私の手を離れていくのかと思うと悲しかった。
どんどん衰えていく容姿に悲観的になった。落ち葉をみても私と重ねた。私は生命の息吹をかんじさせないカラカラの落ち葉だと思った。
思春期を十分に悩んでいないので、乗り越え方が分からなかった。まさしく中年の危機だった。
そんな時、救ってくれたのは「本」だった。1年間に100冊を目標にたくさんの、色々なジャンルの本を読んだ。すべての「本」に共通していることは、私以外の人も同じように悩んでいる、ということだった。
「何のために人は生きているのか」すべての学問の出発点だ。古代から人はその答え求めて学んできた。時間を数式で表そうとしたり、地球に溢れている物質が何なのかを突き止めようとしたり、想像力でなぜ生きているのかを表現しようとしたりした。
私も知りたくてたまらない。学びたくてたまらない。新しいことを学ぶたびに私の内面に喜びがどんどん溜まっていった。学校で知識として学ばされたことが、全て裏付けされていくようだった。
眼鏡のくもりがとれて、どんどん視界が良好になった。
鳥のさえずりや雨音が音楽に聞こえた。季節の匂いにも敏感になった。寒い日の冷たい空気が好きになり、夏の草の匂いも好きになった。五感が研ぎ澄まされていった。
ウエストのサイズは気になるけど、生きてきた証だと思うことにした。ありのままの自分を受け止めることにした。
「何かをチャレンジすることに年齢は関係ない」
その言葉を信じて今日もパソコン開き、文章をかいている。
***
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