中国が世界のクルマ業界をリードする日
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:渋谷 篤(ライティング・ゼミ通信限定コース)
2月の上海はたいてい天気が悪い。今年はさらに、新コロナである。
会社は在宅勤務になり、まわりの飲食店も休業中。仕事半分、興味半分でインターネットの砂漠をさまよっているとき、偶然一本の動画を見つけた。
はじめは、ゲームソフトの紹介動画かと思った。
コンクリートの無機質な薄暗い部屋。無骨な白い壁の前に、茶色い事務机が置かれている。机上には、ゲーム用とおぼしき、クルマのハンドルに似せたコントローラ。それに向かってひとりのワカモノが座っている。
ワカモノの真剣な視線の先には20インチくらいのディスプレイがある。まもなく何かが始まりそうな緊張感。ディスプレイには実写らしき画像が映っていた。
ただし、映っていたのは、サーキットのコースではなく、何の変哲もない、ごく普通の、まっすぐな田舎のでこぼこ道だった。
……?
……そんなところを走らせて、面白いのかな。
いぶかっているうちに次の画面になった。こんどは一時代前の映画のワンシーンのような、懐かしい風景だ。
画面を横切るように細い一本の道がある。手前は空き地、奥には古びた商店。
そんな風景の右端から、白いライトバンが現れ、ゆっくり左に走りだした。
いや、ライトバンなのかどうかわからない。運転席部分がないのだ。ライトバンの後ろの部分だけを切り取ったような異形の乗り物だ。大きな箱に、タイヤが四つついているだけ。
動画はニュース記事の一部だった。
本文を読んでみると、そのライトバンもどきは、中国の最先端企業が集う街、深センにあるベンチャー「一清創新」が作った、完全無人運転の小型トラックだということが判明した。
中国北部の農村で野菜集配車として実用試験中らしい。
何か異常事態があれば、トラック付属のカメラからの中継映像を見ている、別室の監視員が運転を代わるのだという。
無人だけど、完全自動運転ではない。
これ、実は、画期的ではないか。
これなら運転士の在宅勤務が可能だ。感染リスクがない。雇用も維持されている。あの陰気な部屋の片隅で、一台につき一人のワカモノが、モニターを覗き込んでいるのだ。
学生のころ、ゲーセンで人気だったレーシングカーを見ながら、ぼくの運転で実際の車を走らせたら、と妄想したことを思い出した。それがこんなところ(中国のイナカ)で実用化していたとは。
説明に、無人だから、新コロナ感染を防ぐ輸送方法の切り札だ、と書いてあった。
近く、深センの病院への実戦配備が計画されているという。
……それはそうだ。そうだよな。
自動運転だけど、保安要員が乗っています、というのは最近よく聞く。
これは、将来は技術を進化させて、保安要員の仕事を少なくして、ついには仕事をなくして、最終的には無人運転を目指します、ということだ。不完全な技術。
しかし、このライトバンもどきは違う。無人運転はもう実現している。これが最終形だ。
美しい技術ではないか。
興味がふつふつと沸いてきた。中国はAIでアメリカと空中戦を演じようとするくらいの国である。ほかにもありそうだ。
新コロナ、無人運転、検索っと。
そしたら出るわ出るわ。
1月29日、北京のベンチャー「智行者科技」が、屋外用の無人消毒車を上海の病院に納入。
2月3日、スマホ大手、華為(ファーウェイ)が開発中の2輌の自動運転車を武漢に送り込んだ。隔離病棟と拠点間の人員輸送にテスト運用中。
2月6日、中国の通販輸送大手「京東物流」が、公道での完全自動無人運転を武漢で開始した。こちらは監視員なし。
それにしても、だ。
武漢ロックダウンは1月23日だった。早すぎる。中国恐るべし、である。
Wuzhen Instituteの調査によると、中国には自動運転関連の会社が2018年末時点ですでに3341社あるという。(米国は5567社)
そして3月はじめの報道によれば、北京だけでもすでに100以上のベンチャーが、新コロナ対策の新しい自動運転機器や技術を開発したという。
アメリカのシリコンバレーから遅れること数年でAI企業が創業し、米国の大学で先端技術を吸収して帰ってきた数十万人の博士たちが、996(朝9時から夜9時まで、週6日勤務)で走り続ける中国AI業界の破壊力は、並大抵ではない。
トランプ大統領が、この国を目の敵にしなければならない理由がわかろうというものではないか。
クルマの生産量では、もう10年も前から、中国は世界一である。しかしその存在感は小さい。結局中国ブランド車が世界を席巻することはなかった。中国のクルマづくりはドイツや日本の企業との合弁会社が引っ張っている。
しかしいま、世界のクルマ産業は、低価格化、画一化で疲弊し、製造業としては成熟し、シェアカーなどを中心としたサービス業に変貌していく節目を迎えつつある。
中国はそこに最後のチャンスを見いだし、国内企業を育成しはじめた。持てる力をそこに集中し、なんとかクルマ業界の主導権を取ろうという戦略に違いない。
米中どちらが覇権を取るかはわからない。今回の新コロナも大きな変数だ。
しかしこの力学関係がすぐに大きく崩れることはないのは確かだ。
今回、このトップ争いの熱い現場を、はじめて肌で感じられた気がした。
中国が業界をリードする日を、ちょっとだけ垣間見た気がした。
AI、自動運転、いずれも、ぼくのミッションである自動車材料のマーケティングと、直接関係はないけれど、これからはますます中国のAIと自動運転技術をフィーチャーしていこうと決心した。
どっちにせよ、クルマ動向の震源地は、まちがいなく、ここ中国だ。
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