釣りそこねた大魚は「キン消し」だった
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記事:ひろり(ライティング・ゼミ平日コース)
「は…… はぃぃ!?」
思わず声が出た。そして見事に裏返った。もののけ姫のテーマソングをそのまま歌えそうな美しくも間抜けなカウンターテノールだった。
僕はあるものを見かけて驚愕した。
そして、逃した魚の大きさを理解して独り狼狽えていた。
僕が本屋で目撃したのは、「キン消し」だった。
知らない人のために簡単に説明すると、正式名称は「キン肉マン消しゴム」だ。
「キン肉マン」は今から30年ほど前に週刊少年ジャンプで連載されていた少年漫画で、当時小学生だった僕の世代なら知らない人は居ないほど大ヒットした。
単行本は皆持っていたし、TVアニメやファミコンのゲームにもなった。
キン消しはそのキン肉マンの中で登場する「超人」と呼ばれるキャラクターを模した
人形のことだ。「消しゴム」と銘打っているが、鉛筆で描いたものを消せるわけではないところがミソである。
そんなキン消しはガチャガチャで売られていて、100円あたり4個手に入った。
小学生の頃、僕は「キン消し」を集めていた。
毎週末になると親からお小遣いと与えられる百円を握りしめ、近所のおもちゃ屋へダッシュ。ガチャを回してキン消しをゲットする。集めたキン消しの中で、同じものがあれば同じ様にコレクションしている同級生との物々交換を行い、内容を充実させていた。
コレクションを初めて数年、僕のキン消しコレクションは数百個を超えて、ドッチャリと集まっていた。
いくら小さいとは言え、流石に数百個の人形がぎっちり集まると正直ちょっと気味が悪い。
箱の中にぎゅうぎゅう詰めにされたキン消しは、さながら満員電車で苦しむサラリーマンの様だった。僕はそのギュウギュウのキン消しを眺めて悦に浸っていた。
ある日の事、食事中だったと思うが、母が
「ちょっと、あんた確か人形集めてたよね? あれ、もう要らないでしょ? 子供達にあげるからお母さんに寄越しなさい」と迫ってきた。
当時母は学童保育のパートに出ていた。
低学年の子供達の世話をするため、キン消しを使おうという腹らしい。
いきなり何を言い出すやら…… と思ったのだが、
その時の僕はキン消し集めに対する情熱を少々失いかけていた。
ひとしきり集めきったことで、満足してしまっていた。
それは、横綱になって一通りやりきった横綱か、はたまた燃え尽きたチャンピオンか、
とにかく「キン消しはもういいかな」と思い始めていた頃だった。
だけど、折角数年かけて集めたものだったので、勿体なさもあり、「えー、やだよ! なんで知らない子供のために人が集めたものあげないといけないのさ!」と食い下がった。
母も母で「いつまでも人形遊びとかしないでいいでしょ! 持っていくからね!」
と譲らない。
人形遊びとは失礼な、と若干ムカつき、しばらくの間「あげる!」「嫌だ!」を繰り返したが、これ以上押し問答してもしょうが無いなと僕が根負けした。結局母に「分かったよ。いいよ、持ってっても!」と半ばやけっぱちに返事してしまった。
これが失敗だった。なぜあの時母が根負けするまで粘らなかったのだろう。
十数年後、社会人になった僕は、休日に街に買い物に出ていた。
その時に、新しく出来た本屋が気になって、ふらりと入ってみることにした。
本屋は自分が想像していたものではなく、アニメやゲームのキャラのグッズを大量に扱っているいわゆるサブカル・オタク系の本屋だった。
うわ…… ちょっと場違いだなぁ、早く出よう…… と思い、引き返そうとした時に
あるものに気がついた。
それがキン消しだった。わぁ懐かしい、と感動したのだが、ちょっと様子が違う。
そのキン消しはガラスケースに入れられ、照明も当てられてさもお宝のように扱われていた。
「え? ただのキン消しが?」と思い、じっくり観察してみる。
そして、そのケースに張られていた値札を見つけた。値札にはこう書かれていた。
『希望小売価格 80,000円』
で、「はぃぃ!?」が出た。
……キン消し1個が8万円?
もちろん全てのキン消しが高価なはずは無い。改めてよく見てみると、確かにあまり見ないものだったが、見覚えはあった。それほど珍しいものとは思えなかった。
じゃあ、もしコレを持ってて、売ったら数万円になるってこと……?
立派なお宝じゃないか…… と愕然とした。
それと同時に母にキン消しを全て持っていかれることになったあの時の出来事がフラッシュバックした。
逃した魚はかなり大きかった事をここではっきりと理解した。
当時、友人達との物々交換をこまめに繰り返し、結構レアなキン消しをそこそこ集めていた。もし、あの時の数百個を全部鑑定できたのであれば、その内の数個は間違いなく数万円レベルの値を付けられていたはずだ。それほど自慢のコレクションだったのに……。
セミが数年掛けて羽化するように、時を経て子供のおもちゃは見事なお宝に化けていた。
結局どうしようも無い僕は、スゴスゴと本屋を後にした。
逃した魚は大きい。初めてその言葉の意味を身体で味わうことになった。
何故か猛烈に損をした気分になった。
それにしても、当時はそれほど価値の無かったものでも、時間が経てばお宝に化けることがあるものだと素直に感心した。
数年前から断捨離がブームではあるけど、捨てるばかりではなく、しょうもない物でも大事に持っていたら、もしかしたらお宝に生まれ変わるかもしれない。
人生本当に分からないものだ。それが面白くもある。
もしかしたら、実家の押し入れの奥に、お宝に化ける何かはまだあるのかもしれない。
今度帰ることがあったら、発掘してみよう!
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