母の日が今年もやってくる
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:安平 章吾(ライティング・ゼミ平日コース)
「お母さんに感謝を伝えてみませんか?」
中学校の通学路にある花屋の店先に、そんなキャッチコピーを掲げたポスターが毎年貼られていた。それを見て、私はいつもため息をつく。
「また、この時期がきたか」
私は「母の日」が苦手だった。
日常的に自分の親に対して、自分の気持ちを伝えたり、プライベートのことを話したりするのが恥ずかしく、実家に住んでいるときはなるべく避けてきた。
そのため、母親に対して、何かをプレゼントをするということを考えたことがなかった。
母親は父親と違い、気を遣う存在だった。
父親の場合、適当に二つ返事だけしていたら会話が成立していたため、お互いのことを干渉せずに済んだ。
しかし、母親の場合、私の気持ちは構わず、どんどんプライベートに踏み込んできた。
それが煩わしかったのかもしれない。母親はうざったい存在であった。
だから、改めて「母の日」という社会全体で設定された舞台で、母親に対して感謝することが常識だ、という雰囲気に対して少し嫌気が差していた。
なぜ、わざわざ日を決めて、母親に変な期待感を持たせる必要があるのだろうか。
母の日が近づくにつれ、私は頭を悩ませていた。
しかし、悩みはするものの、毎年の「母の日」に、母親に対して何かプレゼントを渡したり、その日限定の「いつもありがとう」といった飾った言葉を伝えたことはない。
「母の日」であったとしても、私は平静を装い、通常通りの会話の少ない家族での日常を過ごしていた。
今振り替えると、「母の日」は、家族で私だけがそわそわしていたのかもしれない。
ただ、毎年、家族での夕食はいつもどおりの雰囲気で、会話も少なく、短時間で終わっていく。
「今年も何もなかったな」
そう思って、毎年の「母の日」が終わっていく。
私が高校3年生になるまでは何も起こらない「母の日」が続いた。
高校3年生になり、部活も引退して受験勉強に専念することになった。結果として、推薦入試で京都の大学への入学が決まった。
地元からは200km以上離れていたこともあり、春からは1人暮らしになることが自然と決まった。
「楽しいキャンパスライフが待っている」
合格後はそれしか頭になかった。
しかし、合格祝いとして家族で外食した際、いつもと食事の雰囲気が違った。
父親は見たことのない満面の笑みで、私に対して興味がなかったとしか思っていなかったが、
「よくやった」
と褒めてくれた。いつも言葉数が少ない父親から褒められたことはとても嬉しく、そして、恥ずかしかった。
母親も喜んでいるのだろう、そう思っていたが、どこか母親は遠くを見ており、私と目線が合わない。
また、時々下を向き、どこか寂しそうに見えた。
いつも食堂のおばちゃんのような明るい声で接する母が、今ではすごく小さく、そして丸まって見えた。
「遠くへ、行ってしまうんだねぇ」
わずかに聞き取ることができるほど、小さい声だった。
そんな母親を今まで見たことがなく、驚き、そして動揺した。同時に、私は胸が締め付けられた。
人を楽しませることが好きだった母親が、自分の家族にしか見せない姿だった。
私以外はその言葉を聞き流しているようで、合格祝いは、家族で楽しい時間を過ごすことができた。母親と私以外を除いて。
高校卒業するまで、残り2週間となった。
卒業式も終わり、私は時間を持て余したこともあり、短期のバイトを始めていた。
初めてのバイトということもあり、失敗続きで怒られることもあったが、毎日が非常に充実していた。
バイトの最終日、店長から呼ばれた。
「よくがんばったな。これが給料だ」
私にはそれが光輝いて見えた。自分の労働に対する対価を初めて受け取り、大学入試に合格するのと同じくらい興奮していた。
そんな興奮をよそに、店長が言った。
「遠くへ行く前に、それで親御さんに何か買ってあげなさい」
そうだな、と私は店長の言葉に納得した。
ただ、何を買っていいのか分からなかった私は、とりあえず、家の近くにある100円ショップに行き、物を見ながら考えた。
「何がいいんだろう」
1時間経っても何も決まらなかった。
捻り出して考えた結果、母親は髪を後ろにまとめていたので、実用的なことを踏まえ、髪ゴムを買うことにした。
105円。
要は気持ちが大切なんだ、と自分に言い聞かせた。
恥ずかしかった気持ちを押し殺し、帰るなり母親に言った。
「給料が出たから買ってきた」
顔は見れなかったので、机に置いて逃げた。
「ありがとう」
母親はそれだけを私に伝えた。
それから私は忙しい大学生活を終え、社会人となり、京都で妻と出会い、結婚した。
そのため、実家からは完全に離れることになった。
子どもを2人授かり、父親となり、母親は祖母となった。母親は孫の顔を見るため、頻繁に京都の私の家に来るようになった。
何度か私の家に来たときに、母親の後ろ姿を見て、気がついた。
「100均の髪ゴムだ」
母はまだ私が渡したプレゼントを大事に使ってくれていた。とても嬉しかった。
それと同時に、なぜ今まで母に対して何かしてこなかったのだろう、と後悔した。
妻と結婚してからも、母親の大変さはよく理解しているつもりだ。
だからこそ、自分の子どもに対しては母親に対して優しく接するように言っている。
自分の母親にできなかったことを、自分の子どもに伝える。
そして、昔、母親に対してできなかったことを、自分の子どもを通じて、感謝の気持ちをこれからは伝えていきたい。
母の日が今年もやってくる。
これからはそわそわすることも、緊張することもないだろう。
ましてや、100円ショップで商品を選ぶことはない。
今年は何を買ってあげようかな。
そう思い、今年も喜ぶ母の顔を思い浮かべながら、自分の子どもとショッピングセンターで商品を選ぶことにする。
***
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