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焼き肉を綺麗に焼く彼が教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:深澤まいこ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 

恋愛はきっと、車の運転のようなものだ。
そう思うようになったのは、30を過ぎてから、まるで少女漫画のような恋をしたから。
 

彼と出会ったのは、自宅から徒歩5分のバーだ。駅から自宅への帰り道にあるそのお店は、飲み会帰りにふらっと立ち寄るのにちょうど良い場所にあった。まもなく深夜0時という時間。彼はお店に入ってきた。一番奥のカウンターに座り、赤ワインをオーダーした。
ちゃんと顔を見た訳ではないけれど、マスターと話す声を聞いた瞬間、私は恋に落ちていたと思う。低くて、ゆっくりとした話し方が、とても魅力的だった。スーツ姿の彼は、少し疲れた雰囲気で、おそらく40代くらいだろうと推察した。勝手な妄想でしかないが、年齢的にも妻帯者だろうと思った。どれだけ魅力的な男性でも、妻帯者は恋愛対象外である。0時を過ぎたので私は家に帰ることにした。その後、たびたびそのバーを訪れたが、お店で彼と居合わせることはなかった。
 

彼と再会したのは数カ月後のこと。その日は常連さんたちでカウンターが賑わっていた。その中の一人に彼がいた。お客さん同士で会話が盛り上がり、私はその時初めて彼と話をした。同じ出身県。2人兄弟の弟。独身で、実は3つ年下ということを知った。声も顔立ちも、冗談まじりの会話も内容も、少女漫画にでてくるような王子様のように思えた。ほぼ一目惚れに近かったが、その時すでに私のなかで彼は高嶺の花となっていた。自分が変な期待を持ってしまわないように、私なんて相手にされる訳がないと強く言い聞かせた。

 

私は、20代の半分以上を、追いかけるばかりの苦しい恋に費やした。長い間こじらせた恋愛が終わって疲れ切っていた私は、次に付き合うのは、自分が好きな人よりも、自分を好きでいてくれる人と付き合う方が良いと考えていた。彼は高嶺の花だからこそ、夢さえ見ない。連絡先さえ知らないし、また次に会えるかどうかも分からない。できるだけ彼のことは考えないようにした。

 

数日もたたないうちに、私は彼と偶然道でばったり会った。お互い友人と食事した帰り、駅まで見送ったところだった。その場のノリで、二人で飲みに行くことになった。その時すでに酔っていたのか、彼はとても子どもっぽくて、連絡先を交換するとその場でたくさんメッセージを送ってきた。かわいいスタンプに、自己紹介。おすすめのアニメ。意外とオタク。初めて会ったときは40代だと思ったけど、中身はまだまだ若い20代で、母性をくすぐる弟タイプ、というよりも、完璧な気配りと、褒め上手でさりげなく女心をくすぐる彼は、完全に小悪魔だった。お互い家に帰ってからも夜中までLINEのラリーが続いた。学生時代のように浮かれて、なかなか眠れない自分がいた。

 

けれど翌日からはパタッとラリーが止まり、彼から連絡が来ることは無かった。
また遊んでねって言ったのに。
高嶺の花に、期待はしない。その思いは強く、自分から連絡することも無かった。
もう追いかけて傷つくのは嫌だった。
バーで会うこともほとんどなく、彼とはまた疎遠になっていた。
 

それからまた数カ月後、家の裏では長期的な建設工事が始まり、夜中の騒音や振動に悩まされたことから私は引っ越しを決意した。
引っ越しする1週間前だ。バーに訪れた私は、最後に彼に会うことができた。なぜかLINEじゃなく電話番号を聞いてきた彼に、私は蓋をしていた気持ちが再燃してしまった。
 

帰り際に彼が言った。「また飲みに行きましょうね」

 

社交辞令だと分かっていても、私はまた彼に会いたいと思った。
追いかける恋はしたくなかったが、もうすでに私は彼を追いかけていた。
 

引っ越しをしてから、少し距離は遠くなったけれど、口実を作っては彼を食事に誘った。
高嶺の花を隣に、私は毎回ガチガチに緊張していた。タン塩を焼く手さえ優雅に見えた。お肉の上に乗ったネギを落とさず、きれいに焼いて、取り分けてくれる。スマートな彼の所作を前に、粗相をしてはいけないといつも背筋が伸びる思いだった。
 

誘えば毎回来てくれるが、全く私のことを恋愛対象としては見ていないことは、女の勘で分かった。カウンターで隣合わせて座っても、絶対に踏み込むことができない微妙な距離があった。期待しても無駄。告白してもふられるだろう。緊張ばかりして、代わり映えしない関係に疲れてきた私は、彼を誘うのは次で最後にしようと決意した。告白もしない。
最後だけは、めいっぱい彼との食事を楽しもうと思った。
 

心のどこかで何かが吹っ切れた私は、いつも通りの、酒飲みで、がさつで、不器用な自分のまま彼に接した。彼には、職場に気になる女の子がいるらしい。だけど引かれるのが怖くて、躊躇しているそうだ。できれば引き出したくない情報だったけれど、きっと私の変なガードが外れたから、少しだけ内側の顔を見せてくれたんだろう。「めちゃくちゃかっこいいから、大丈夫」と、笑って彼の背中を押せた。その日、私はいつもよりたくさん笑った。彼と会った中で、一番楽しい時間だった。そして心の中で、さよならを言った。

 

彼から毎日メッセージが来るようになったのは、その翌日からだ。
 

彼への気持ちは昨日で終わらせた。それなのに、メッセージを終わらせても、次にまた別のメッセージがくる。戸惑いは隠せなかったが、また少女漫画のように浮かれた自分が戻ってきてしまったのは言うまでもない。

 

高嶺の花ばかり好きになる私は、きっと彼の目に映る自分が怖くていつも肩に力が入っていた。ガチガチにハンドルを握りしめて、周りが全然見えていない。
本来よく笑う自分の顔を引きつらせて前だけを見ている。
 

きっと恋愛は、車の運転のように、肩に力を抜いたほうが楽しめるんだろう。
移り変わりゆく景色や、窓から入る風、BGMと一緒に鼻歌を歌いながら、ドライブを楽しむように。
 
 
 
 

***
 
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2020-04-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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