メディアグランプリ

子育ては自分育て


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:酒田 さとみ(4月開講ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 

あぁ、またやってしまった……。
そう思った時にはもう遅い。

 

コロナウィルス感染防止策として小学校が休校になってから2日目、まだ2日目の午前に事は起きた。
4月に一年生になったばかりの娘は、名前を書く練習をしていた。リーダー罫入のマス目に丁寧に一文字一文字書き進めている、と思っていた。しかし、終わったと見せられたものは、文字はマス目を無視して殴り書きされ、余白には落書きされた用紙だった。お手本が無かったし、書き方を教えていなかったので当然の結果と言えば当然の結果かもしれない。それでも初めてではないので書き方を知っていると思い込んでマス目に並んだ丁寧な文字を期待していた私は、思わず、
「何でこんなグチャグチャに書くの? 全然練習になってないよ。ただ書くだけだったらもう止めよう。時間の無駄だし指が疲れるだけだから」
と、私は半ば怒り気味に言ってしまった。むしろ、自らワークに取り組んだ娘を褒めたい気持ちがあったはずなのに口から飛び出した言葉は思いとは逆のものだった。
娘はポカンとして私が急に怒りだしたことに驚いた様子で横に座っていた。理不尽な怒りをぶつけられて数秒後、娘から言葉が返ってきた。
「ママ、何でそんなに怒っているの? 宿題したのに。だったらずっと見ていて教えてよ!」
もっともな返答に何も言い返すことができなかった。
私は何にそんなにイライラしているのか?
乱れた文字が書かれていたからか、ワークとは無関係な落書きがされていたからか、期待外れな出来上がりにガッカリしたからか……。
いや違う。
おもちゃが転がり片付けても片付かない部屋にウンザリしたからか、止まない雑多な物音が不快だからか……。
いや、これも違う。
ずっと誰かの気配を感じ、ずっと心地よいとは言えない物音の中に身を置き、ずっと見えない何者かに支配されている。
そうだ!
いつもならあるはずのいつもの時間がない。
朝の慌ただしさから解放され、ひとりホッと一息つく私だけの時間。
カラダを休め、ココロを静める私だけのための時間。
あるはずの時間がない、いつもと違う時間の流れ方にイライラをつのらせてしまったのだ。ただ少し、ほんの少しだけリセットする時間が欲しいという欲求が怒りとなって表われてしまったのだ。

 

あぁ、またやってしまった……。

 

そう思ったときにはもう遅い。そして、怒りと入れ違いに後悔と罪悪感の渦に飲み込まれ、満たされない欲求を怒りに変えて娘にぶつけてしまった自分があまりにも情けなく自己嫌悪に陥っていく。
時間は戻せないし、言ってしまったことは取り消せない。娘を横目で見つつ、バツが悪くその場を立ち去り、何か忙しく掃除をする振りなどしてみる。どんな風に部屋に戻ろうか、どんな顔をすればよいのか、どんな言葉をかけたらよいのか? 色んなことが頭を駆け巡るが、自分を恥じるばかりで答え は見つからない。どのくらいの時間が経過したかは覚えていないが「ママ」と呼ぶ声がした。仕方ないので部屋に戻ってみることにした。
妙な緊張感でドキドキしながら。
部屋に戻ると無邪気な笑顔で娘がいつものように遊んでいた。そして、
「ママすき」。
そう言って体を寄せてくる娘を今まで以上に愛おしく思うと同時にホッとした。娘は、私が思う程に気にしていないのだろうか。困った様子の私に気を遣ってくれたのだろうか。どちらにしても、救われた、と思った。上手く気分転換し、何事もなかったかのように振る舞える娘を見習って先に進もう、楽しみや喜びでこのどんよりとした空気を入れ換えよう、と思った。
そして、娘をギュッと抱きしめて、「ありがとう。もっと、もっと……」と心に誓った。
育児において「子供が大人にしてくれる」とはよく言われることだが、まさにこのことかもしれない。

 

休校になってから5日目。
ほぼ娘と一緒の時間の流れ方に少しずつ慣れてきている。
自分の時間はぐっと減り、まだ些細なことにイラッとすることもあるし、どこかに身を隠しひとりボーっとしたいと思うこともある。
それでもイライラをばら捲くことはなくなり、自分を責めることも減った。
娘と時間と空間を共有することで、娘の知らなかった部分も見つけられたし、娘を通して自分を見つめ直すこともできるようになったりもした。
そして今では、ずっと娘がそばにいて、休む事なく立てられるガラクタみたいな音に包まれている窮屈で不自由な時間に若干の心地良さすら感じるときもある。
娘が成長するにつれて親と過ごす時間は確実に減っていく。こんなにも長時間を娘と一緒に過ごせる時間はもうないかもしれない。こんな風に娘の成長を感じ、自分も成長させてもらえる時間はもうないかもしれない。
ならば、この与えられた時間に感謝し大事に大事にしなければならない。

 

この非常事態がいつかとっておきの宝物になるように。

 
***
 
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2020-04-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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