メディアグランプリ

ちいさなワイパー


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉池優海(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 

「ワイパーがほしいなぁ」

 

眼鏡は私にとって必要不可欠だ。
晴れていようが雨が降ろうが雪が降ろうが、毎日眼鏡をつかっているし眼鏡をかけて出掛けている。眼鏡なしではコンタクトレンズを使っていない私は生活ができない。
 

横殴りの雨が降る台風のような天気の日。大粒の雨がレンズにつき、さらに張り付いた雨粒同士がくっついて重さでめがねの縁から落ちていく。
傘をさしていても顔に雨が当たるような日は、マスクをしていれば顔の下半分は多少守られるが眼鏡が犠牲になってしまう。
だから「ワイパーがほしいなぁ」になる。
 

「コンタクトレンズにしないの?」
「えー、眼鏡はずした方がいいじゃん」
 

よくこういわれる。
学生のとき、一時期コンタクトレンズを使っていたことはあった。
その一時期を通して「めんどくさいな」としか思わなかった。
慣れても感じる目の違和感に、時間が経つと感じる乾き。居眠りするにも気を遣う。授業中居眠りすることが多かった私にとってはただの不安材料でしかなかった。
そして眼鏡に慣れすぎているせいで「鼻の上になにもない」という環境にどうしてもきが落ち着かない。日中はしてもいない眼鏡の位置を直そうと鼻の上で指を動かしてしまうし、朝起きたときもない眼鏡に手を伸ばす。そして「そうか、コンタクトレンズしてるんだった」と手を引っ込める。
眼鏡をかけるのは1秒で済むのにコンタクトレンズは鏡の前に行き、包装を開けて、慎重にレンズを手にとって、瞼を押さえて、目に入れる。これを繰り返さなければいけないし結果的に3分くらいかかる。時間ロスが苦痛だった。
すぐに眼鏡に戻してしまった。
 

なぜ眼鏡がいいのかその時に気付いた。
眼鏡は、私の相棒なのだ。
 

周りの意見で相棒を捨てるなんてそんなこと。
昔からの幼馴染みを周りの人間が悪くいっても自分が嫌わないのと同じで、幼馴染みが眼鏡になっただけだ。
 

霧雨が降っている時、よくチャリを使う。
風が強くないときは傘をさせばいいのだろうが、片手が塞がるのが不安で傘がさせない。
ただ、傘をささない理由はそれだけではない。
霧雨の日は絶妙な「ワイパーがほしいなぁ」が味わえるのだ。
 

霧雨はとても繊細で細かい。レンズについた雨粒同士がくっついても重さがなく、なかなか勝手に落ちていかない。
信号で止まるたびに、指で外側のレンズを拭う。
特に夜の霧雨は最高だ。
レンズについた細かい雨粒の奥に街頭の光がまるくぼんやりと写るのだ。
 

犠牲になる相棒には申し訳ないが、手軽に感じられる幻影のような風景と、レンズを手で拭う動作がとても好きだ。
私は「ワイパーがほしいなぁ」と思いつつ自分の手でレンズを拭う。
 

霧雨は人間のようだ。

 

数人がかたまるだけでは重くならないが、十数人がかたまると重くなる。
軽かったはずのひとりの人間が、かたまることで強くなる。そして時には脅威になる。
自分にとって脅威となった人間にはいくら立ち向かおうとしてもなかなか勝つことができない。
「ワイパーがほしいなぁ」
そういうときも、私は相棒を通して見た世界にこう思うのだ。
 

これが相棒を通していなかったら。
自分の目から1センチほど離れているレンズを通して見る世界を、直接見ることができてしまっていたら。
そう考えたとき、私は怖くなる。
 

目がいいに越したことはない。世界のすべてをなにも通さず自分の視力ではっきりと見れる人のことは今でも羨ましい。
だが、自分にとって越えがたい事柄が目の前に広がっていた時1センチ先のレンズがない状態で「はっきりと見えてしまう」のはとても恐ろしい。
眼鏡を通して見る世界も、視力のいい状態で見る世界も、物理的な見え方は変わらない。変わっていたとしたらファンタジーの世界だ。
 

眼鏡と毎日生きている内に、眼鏡は私の精神的なフィルターになり、心の鎧になり、そして相棒になっていった。
眼鏡をかけて見る世界は物理的な見え方は変わらないが紛れもなく「直接見る世界」ではなく「レンズを通して見た世界」なのだ。
自分にとってマイナスのトラブルが起きたとき、直接見る世界でないことに安堵し少し冷静になれる。それが気休めであっても、「ワイパーがほしいなぁ」と全く関係のないことを考える余裕ができる。
私は気付かないうちにそれに幾度も助けられていたのだ。
 

相棒を通して見ていても自分が直面している事実に変わりはない。目を背けることはできないが、霧雨のように拭う努力をすることができる。
確かに他人から見たときに目は小さくなるかもしれない。せっかくマスカラをつけても眼鏡につくしデカ目効果も小さくなる。
でもそんなのは所詮他人から見た世界で、私の世界ではない。
他人の世界を見た他人のアドバイスで、自分の相棒をなくして今までと異なる世界に怯えるくらいなら、聞き入れたとしても自分がしんどいだけじゃないだろうか。
 

コンタクトレンズを使用している人からすればわざわざ眼鏡のままの理由がわからないかもしれない。
それでも眼鏡を使っている人の中には、私のように眼鏡を通して見る世界に救われている人もいるかもしれない。
 

あの霧雨の日にチャリにのりながら見る世界。雨粒に邪魔されて見えるはずのものが幻影のように写る世界。
それは私が見てきた世界そのものだ。
 

「ワイパーがほしいなぁ」

 

そう思いながら、私はこれからも相棒と生きていくつもりだ。

 

***
 
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2020-04-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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