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嫌なことが続くときは、口角を上げなさい


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:竹村りゑ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 

なぜだろう。
嫌なことが続くときって、ある。
小学生の頃から、宿題を忘れて先生に怒られた日、学校からの帰り道で友達と口喧嘩になったと思ったら、家ではお皿を割ってしまう、のような嘘のような不幸のコンボに晒されるような一日があった。
それは大人になった今でも変わらない。
過去に気づかず犯していたケアレスミスが明るみになって職場に迷惑をかけた日の夜、久しぶりに体重計に乗ったら息を飲むほど目盛りが増えていた上に、仕事が終わっているはずの彼氏とは電話が繋がらない、うんざりしながら顔を洗ったら、ええ、なんでよりにもよって鼻の頭に真っ赤なニキビが、いつの間に、みたいな、一つ一つは小さくても積み重なると地味にキツいダメージのコンボに打ちのめされる日が、ある。
しかも、往々にしてそんな今日は、似たような明日を連れてくる。つまり、不幸は一日では終わらず、次の日も(時としてパワーアップして)うんざりするような一日になる可能性が高い。かつ、数日から数週間続くこともある。
これは私の今までの弛みない人生研究の結果であるし、それを友人に熱弁したところ「ああ、厄日ってやつね」とあっさり返されたことからも、人類共通の課題であることは間違いない。
我々の豊かな人生における最大の敵は、厄日である!
ここに声高らかに宣言したところで、さて、どうしたものか。
敵であるならば戦わなくてはならない。しかし厄日というものはその生態が明らかでない上に神出鬼没、悪行のバリエーションも様々で、弱点も不明だ。
 

しかし、私はたった一つ、厄日に対する戦闘スタイルを持っている。
それは決して特効薬などではなく、予防薬にもなり得ず、もっと言うならば効いているかどうか分からない祈祷師の儀式みたいなものだ。
でも、必ずやる。そして、効いてる、効いてるぞ、と思いながら続ける。
それがタイトルの「嫌なことが続くときは、口角を上げなさい」だ。
これが私に授けられたのは中学生のときで、授けたのは私の母だ。
 

どうして私ばっかり、とか、これは絶対私のミスじゃないのに、と泣きべそをかきたくなる日がある。
子どものように泣いてしまいたくなる時が、大人になった今でもあるし、大人になった今だからこそ、ある。
震える唇を噛み締めたくなるそんな瞬間、私はゆっくりと口角を上げる。
眉が引き攣っていても、目が尖っていても、何だったら涙が流れていたって構わない。
ただ、口角さえ上がっていれば、大丈夫、と自分を励ます。
 

社会人になりたての頃、今から思い返すと笑ってしまうくらいパワハラな上司がいて、目をつけられていた時期があった。
彼女の直属の部下だった私は、何かに付けてその決定を仰ぐ必要があり、そのたびに劣等感と疑問と怒りで心がへし折られる日々だった。
泣かない、絶対泣かない、少なくともこの人の前では、という一心で彼女の前に立つ時間は永遠の長さだった。
それでも、一度だけ泣いてしまったことがある。
入社祝いに買ってもらったばかりのスーツの胸元に、一粒涙が落ちて、滲んだ。
「は? 泣いてるの? 泣きたいのはこっちの方なんだけど?」
忘れもしない、その日は「朝から話しかけないで」というお達しのもと、何をしたらいいのかも分からずデスクで半日身を硬くしていて、やっと呼ばれたと思ったら「何で指示を仰ぎに来なかったのか」の罵倒が始まっていた。
泣いてるの? 当たり前です、泣かされてるんですから。
そう答える代わりに、彼女に気付かれないようにそっと鼻から深く息を吸った。ゆっくりと吐きつつ口角を上げる。
「いえ、ドライアイなので気にしないでください。お話中に申し訳ありません」
泣きながら微笑む部下の姿が不気味だったのだろう、気味悪そうに目をそらして、もう戻っていいから、と彼女は言った。程なくしてパワハラは終わって、彼女は県外の支社に転勤になった。
 

成功体験と言えばこれくらいだ。というか、成功体験ですらない。
口角とパワハラの抑制に因果関係があったという立証はできないし、それ以外でも人生の様々な場面で直面した「厄日」に対して、この戦闘スタイルがどこまで効果的だったのかも甚だ疑問ではある。
それでも、下ろしたてのワンピースに早速コーヒーをこぼした時、職場で誰かのミスをなすりつけられた時、大切な人との間で行き違いがあって喧嘩になってしまった時、口角、口角、と心のなかでつぶやく。
理不尽に負けない、不条理に負けない、私は負けない、という意志を、私は自分の体で体現する。そしてそれが微笑みの形である。きっとそこに意味があるのだ。
 

いやなこと、が続いている。
感染者、死亡者、自粛、規制、品切れ、そんな単語を耳にしない日はない。
2020年、東京オリンピック・パラリンピックを控え、どれほど明るい一年になるだろうと思っていた。誰が、こんな事態を予測しただろう。
見えない恐怖の連続を、厄日、という言葉で括ってしまうのは間違っている。
それでも、できる備えや注意を最大限したあとは、口角を上げていたい。
不要不急の外出の自粛が勧められる中、私達が普段の生活で接するコミュニティの規模はかなり小さくなっているはずだ。
会える人が少なくなっている今こそ、当たり前に顔を合わせる身の回りの人を大切にしよう。
会える、って贅沢なのだ。
直に顔を見られる、まして触れ合える、って凄いことなのだ。
恐怖に駆られてマスクや消毒液を買い占めても、それらを手に入れられなかった誰かが感染すれば、この恐怖は終わらないのだ。
周りの人を自分と同じように大切にできるのか、今、問われているのだ。
 

口角を上げよう。
私は、どんな理不尽にも負けません。
そして、理不尽に立ち向かうためにあなたを傷つけるような真似はしません。
もし、過酷な環境の中にある、あなたの口角が上がっていたら、私はあなたが心のなかで凄まじく戦っていることを知るでしょう。そして、心から敬意を払うでしょう。

本当にささやかだが、最近自動車を運転する時は必ず、横から入ってくる車を入れてあげることにしている。
コンビニに行くときは、同じ部署の周りの人に「何か欲しいものはないか」聞くことにしている。
そろそろ注文していたマスクが届く頃だから、これから家に宅配に来てくれた配達業者さんたちには、一枚ずつでもいいから渡してあげたいと思っている。
 

私の職業は在宅ができない。
どれだけ市内に感染者が増えても、毎日出勤するしかない。
正直怖い、心も荒む。
それでも、マスクに隠れた口元の、口角は絶対に上げていたい。
それが私の、戦闘スタイルだからだ。
 
 
 
 

***
 
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2020-04-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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