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メディアグランプリ

誇り高く生きること


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:益田和則(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 

戦争が終わってから生まれた私には、直接的な戦争体験はない。
しかし、戦争の脅威に晒されたことはある。
『湾岸戦争』、サダムフセイン率いるイラク軍が、クウェートに侵攻した時、私は、ペルシャ湾のど真ん中、石油生産プラットフォームの上で働いていた。
『戦争と平和のコントラスト』
その時、感じたことを綴ってみたい。
 

石油開発の技術者として駆け出しの頃、初めて赴任したのが、アラブ首長国連邦のアブダビ沖合三十キロに位置する油田であった。仕事場である洋上プラットフォームを初めて訪れた時のことを今でも鮮明に覚えている。
夜が明ける頃、アブダビ市の外れにある港からボートで洋上プラットフォームに向かう。八月のアブダビと言えば、日中は強烈な紫外線が肌を突き刺すが、昇ったばかり太陽は、まだ牙をむいてない。透き通ったエメラルドグリーンの海を、ボートが切り裂いて進んで行く。波しぶきの交じった風を頬に受けると、これから始まる新天地での仕事に対する不安を忘れることができた。
一時間近く船に揺られていると、石油生産プラットフォームが見えてくる。油田の中央に建設された巨大な鉄の構造物だ。その南端に設置されたフレアー塔から赤黒い炎が燃え上がり、天を焦がしている。我々の使命は、地下から上がってくる原油をプラットフォーム上で処理して、二百キロ余り離れた出荷ターミナルまで海底パイプラインで送り出すことである。
ここで、毎日十二時間、四週間休みなしで働くことになる。過酷だが、その後、四週間の休暇がもらえる。当時、二十数か国から集まった百人余りの男たちが働いていた。ひと月の間、同じ顔、男だけの中で暮らす。
仕事が終わると、食事をして、日本で待っている家族に手紙を書いたり、プラットフォームの屋上に設置された半径二十メートルほどのヘリデッキをぐるぐるジョッギングする。
なんといっても圧巻は、魚釣りだ。この辺りは、油田が見つかるまで、漁場であった。夜になると、燃え盛るフレアー塔の下に、光と熱気に誘われて魚が集まってくる。海面には、頭が斧の形をした凶暴なサメが数匹、獲物を求めてうろついている。海に落ちれば、ひとたまりもない。
水面から高さ三十メートルほどあるプラットフォームから、十センチぐらいの金属製のルアーを、太い釣り糸につけて海に放り投げる。海底に着く頃を見計らって、手でゆっくりたぐりよせる。ガツンと、手ごたえがあると、獲物との綱引きが始まる。主な獲物は、キングフィッシュ(さわら)だ。十キロ級の獲物なら一人で引き上げられるのだが、手早く引き上げないと、水面で待ち伏せているサメに食いちぎられ、無残にも頭部だけが釣り上げらことになる。三十キロ級ともなると、数人がかりで格闘する。
ある日、UAEの国民が、百キロ近い巨大なサメをひっかけた。到底、人の力では、引き上げられないので、現場のクレーンを使って引き揚げた。やっとのことで、水揚げしたものの「このサメ、どうする?」と、みんなで囲んで、腹を抱えて笑った。
とまあ、こんな具合に、たわいのないことで笑える日々、それが『平和』なんだなと……。
 

青天の霹靂。サダムフセイン率いるイラク軍が、クウェートに侵攻したというニュースが入った。この暴虐非道な行為が世界を敵に回すことになり、世に言う湾岸戦争が勃発した。平和な日々が、跡形もなく吹っ飛んでしまった。確かな情報が入らないので、デマも飛び交い、不安と恐怖心が、あっという間にプラットフォーム全体を覆ってしまう。
イラク軍のスカッドミサイルは、射程距離が六百キロ。我々のプラットフォームは、優に射程距離の中にある。そして、ここは、イランとホルムズ海峡の中間地点に位置している石油施設であるから、地理的にも戦略的にも狙われる危険性が高い。
さらには、大量の機雷がペルシャ湾に放出されたという情報も入った。機雷が、プラットフォームに触れれば、我々はプラットフォームともども海の藻屑となる。
年が明けると、連合軍がイラク軍の制圧に立ち上がった。沖合には、黒い艦隊が通り過ぎていく。空には、アパッチと呼ばれた空爆用ヘリが熊蜂の群れの様に頭上を飛び去っていく。掃海艇が、機雷の除去作業を行っている。
この油田は、オイルショックの教訓から、石油の安定供給のため、わが国主導で開発された油田だ。UAEとの友好関係の象徴とみなされているプロジェクトである。
『他の国の男たちが、ここを去っても、我々日本人は、最後まで石油の生産を続けなければならない』という気概のようなものが私の中に生まれた。自分でも不思議に感じるのであるが、平和な日本に生まれ、自由気ままに生きてきた自分の中に、命を危険に晒しても責務を果たそうとする使命感のようなものが、自然に湧いて出て来た。
太平洋戦争で、フツーの無邪気な若者が、祖国のため片道切符の特攻機に乗り込む。以前の私には、理解できないことであった。でも、ここで、危機に瀕したことで、彼らの気持ちが少し理解できるような気がした。私の経験したことなど、彼らが直面した必死の状況には、到底及ばないものであるが、それでも私は、「人は、危機に晒されると変わる(変われる)ものだ」ということを肌で感じたのであった。
 

湾岸戦争は終結した。散り散りになっていた仲間たちが、一人二人と帰って来る。彼らと抱き合う。そして、私は、鉄の塊であるこのプラットフォームに、今まで感じていなかった強い愛着を感じた。
平和な時の、単調で何気ない日常の日々の思い出が、無意識のうちに心の中に積み重なり、危機に瀕した際、それが仲間を想う気持ちや仕事に対する責任感へと転化されていったように感じる。
私は、この経験を通じて、初めて自分の仕事というものに、誇りが持てるようになったのである。
 

時が過ぎ、今、私は、自分自身に問う。
日々の生活の中で、私は、誇り高く生きているのだろうか?
 
 
 
 

***
 
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2020-04-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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