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メディアグランプリ

しあわせの腹式帝王切開


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:藤野 碧(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 

「逆子ですね。このまま直らなければ、手術になります。手術室の予約を入れておきましょう」
産婦人科の診察室で、私はそう告げられた。初めての出産を2ヶ月後に控えていた。
 

「えーと、手術っていうのは、帝王切開ってことですか」
私の頭の中は、衝撃と混乱とで慌ただしい。
妊娠してから、自分がヒ・ヒ・フーと産むことしか想定していなかった。これまでの人生で一度も、体を切る手術を受けたことがなく、その手の話は聞くのも苦手。テレビや映画の血が出る場面は、怖くて見られない。
そんな私がお腹を切って産む。ひえー。怖い。怖すぎる。
 

その日、超音波を使った機械で見ると、私のお腹の子どもは足を下に向けた体勢、いわゆる「逆子」であった。正常な状態は、足が上で頭が下。逆子のまま出産となると、いわゆる普通の、いきんで股から産む方法では危険が伴う。だから、(産院にもよるが)「腹式帝王切開」といって、母親のお腹を切っての出産となる。

 

私は「ヒ・ヒ・フー」がやりたかったわけではないし、「股から産んでこそ出産だ」なんて古い考えを持っていたわけでもない。ただただ、自分のお腹を切られるのが、心底恐ろしかった。冷たい手術室で恐怖におののく自分が、ありありと目に浮かんだ。

 

一応、まだ子どもがこのあと回転して、正常な向きに変わる可能性もある。先生から逆子を直すための体操を教わり、毎晩欠かさず実践した。子どもよ、どうか回ってくれ。

 

努力もむなしく、その後も逆子は直らない。いよいよ帝王切開が現実味を帯びてくると、次々と疑問や不安がわいてくる。聞けば、手術中は全身麻酔ではなく部分麻酔で、私の意識はずっとあるらしい。ということは、ぱかっと開いたお腹や血を自分で見ることになるのか? それは絶対に見たくない。インターネット検索。なるほど、手術の様子は見えないように、ついたてが置かれるようだ。ちょっと安心。でも、もし麻酔が効かないうちお腹を切られたらどうしよう? もし手術中に大地震が来たら?

 

そんな悩める日々は、意外とすぐに終わった。出産予定日まであと1カ月というところで私の血圧が異常に高くなり、入院。いきなり「お母さんも赤ちゃんも危険なので、明日産みましょう」と宣告されたのだ。先生、私、心の準備ができておりません……。その夜はお腹を切られている自分を想像しまくり、ほぼ一睡もできずに朝を迎えた。そして最後の検査でもやっぱり頑として子どもは逆子で、私の帝王切開は決まったのだった。

 

昼ごろ、看護師さんが迎えに来て、私たちは別の階にある手術室に向かってゆっくりと歩き出した。家族と別れ、看護師さんと2人でエレベータに乗ると、心細さと緊張でいっぱいだ。手術室か。やっぱり怖いなあ。

 

そんな私を見て、看護師さんは終始穏やかに話しかけてくれた。少しだけ緊張がほぐれ、何とか落ち着いて歩を進める。そして2人で手術室前のロビーの椅子に座ると、看護師さんは言った。
「これから手術室のスタッフが来ます。そうしたら、私はここを離れますが、そのスタッフが案内します。私は病棟で待っていますね」
 

すぐに手術室のスタッフの女性が現れた。「外科の○○です。よろしくお願いします」という自己紹介ののち、私は看護師さんからその方へとしっかりと引継がれ、手術室の中へと案内された。私はその見事な引継ぎに感動した。もしも看護師さんが、何も説明せず「この椅子に座って待っていてください」とだけ言って立ち去っていたら、私はどれだけ不安になったことだろう。

 

そしてこのスタッフの女性は、手術室への誘導の際、ずっと私の背中に手を添えてくれていた。ねずみのように怖気づいた私にとって、その手は温かく、心強かった。私は自分が少しずつ勇気づけられ、少しずつ前向きになっていくのを感じた。

 

手術台に上ってからも、心を動かされることが次々に起こった。まず色々な担当の先生が、入れ替わり立ち替わり挨拶しに来てくれる。
「藤野さんの手術を担当します、産婦人科の○○です」
「麻酔科の○○です。よろしくお願いします」
「小児科の○○です。赤ちゃんが生まれたら、私がいったん預かって検査や確認をします」
一人ひとりが私の目を見て説明してくれた。私は一人ひとりに「よろしくお願いします」と返す。不安は少しずつ消えていった。みんなが私のために集まっている。だから大丈夫。
 

私の腕に器具が付けられる時、背中をアルコールで消毒される時、麻酔の針が入る時。これから何が起きるのかを、都度、最適なタイミングで誰かが簡潔に説明してくれた。その穏やかな声に従っていれば、何も心配することはなかった。
 
「今、手術が始まりましたよ」
麻酔のおかげで痛みはなく、お腹が見えないので状況はわからない。何人かいる先生たちが、互いに簡潔な声かけをしながら、粛々と仕事を進めていた。
やがて子どもが取り出され、産声を上げた。
「目元を少しタオルでふきますね」
麻酔科の先生が、私の目から静かにあふれる涙をふいてくれた。
 

傷口を縫われ、いろいろな後処理をされている間、私は白く明るい天井を見上げながら、ふんわりと温かな余韻に浸っていた。子どもが無事生まれたことはもちろんだが、それと同じくらい、スタッフの方々や先生たちの働きに心を動かされたのだ。
 
皆、簡潔で、無駄がなく、素晴らしいチームワークで動いていること。安心させてくれる適切な声かけ。素朴で温かな心遣い。それらがごくスムーズに行われ、もしや、台本があるのでは、と思うほど。そう、私は物語を見ているようだった。私が主人公の、希望に満ちた幸せな物語を。
 
これは私の体験だから、皆に同じことが起きるかどうかわからない。病院によるのかもしれないし、医師やスタッフによるのかもしれない。でも、帝王切開について、怖いな、嫌だなと思っている妊婦さんがいたら、この話を教えてあげたいなと思う。私も最初はとても怖かった。でも今では、温かく、優しく、明るく幸せな思い出として心に残っている。
 
 
 
 
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2020-04-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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