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メディアグランプリ

他人のことなど分るわけがない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:石見由起(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 

厄介なことになってしまった。
どうして嘘をついてでも断らなかったんだろう?
何を話せばいいんだろう? 共通の話題なんかあるのかな? 映画が終わったら、ハンバーガー食べに誘った方がいいのかな?
私はずっと後悔をしながら、映画館までの道のりを無言で歩いていました。心臓はバクバクで、彼女に聞こえないかと冷や汗をかいていました。
 

「映画見に行くんでしょ、私も一緒に行くから」
彼女に声を掛けられたのはある夏の午後でした。
「一緒に行って良い?」じゃなくて「一緒に行くから」って……。
うわ~上から目線か、と思ったものの、口には出せませんでした。彼女には有無を言わせない強さがありましたし、何と言っても、それまでの私の人生の中で一番の美人でした。
美しい、ということが最強の切り札になる、そんな時があります。
彼女も私も16才だったから。
 

夏休みの講習が終わって学習塾のあるビルを一歩出ると、彼女が目の前に立っていました。
確か、父親はアメリカの方だと聞いたことがありました。信じられないほど大きな瞳で、ツヤツヤの長い髪が肩にふわりと掛かっていました。
学校ではいつも大勢の友人に囲まれて、彼女が通り過ぎると誰もが振り返りました。目で追わずにはいられない、そんな美少女が映画に誘って、いや、映画を強要してきました。
一度も話をしたことがないのに。
 

「私の好きな映画、きっと気に入らないと思うよ」
私は彼女の眼を見ずにそう言いました。
16歳の私はとても人見知りで、話をするのは僅かな友人だけ。映画を見ることが私の唯一の楽しみでした。
毎週、時には毎日のように映画館に入り浸って、暗がりに身を潜めていました。そんな時だけ私は饒舌になって、物語の主人公に語りかけていました。
彼女と一緒に映画なんか観て楽しいはずがない。話が合うはずがない。私の気持ちが分るわけがない。
私と彼女は違うんだから。
 

ところが彼女は私の言葉など意に介さず、先に歩き出しました。一緒に映画に行くことは、彼女の中では決定事項のようでした。
居心地が悪くて、すごく苦痛だ……。
本当に厄介なことになってしまった。
 

「ナンニ・モレッティの作品なんだね」
意外にも、彼女は私の好きな映画監督の名前を知っていました。
好きなんだよね、この監督。こだわりが強くて、オタクで孤独。でも、作る作品は可愛い所があるよね。
それはまるで、私が感じていた事そのものでした。誰にも話さなかった言葉を、彼女がやすやすと取り出してくれたようでした。
私は自分でも驚くほどのエネルギーで話し始めていました。
そうだね、神経質なくせに小心者で、いつもビクビクと心配ばかりしているよね。好き嫌いが激しいくせに周りの人の反応が気になって自分が出せない。
でも大人のお子ちゃまであることを隠さない。
そこが可愛くてたまらない。
 

映画を見た後、私はそれまでずっと聞きたかった疑問を口にしました。
一度も話した事がない私を、なぜ誘ったのか?
誘う友人なら数えきれないほどいるのに、どうして私?
彼女はアハハと笑いながらこう答えました。
「由起は似てるよ、ナンニ・モレッティに。オタクで孤独。でも面白くて可愛いよ」
映画館で何度も見かけたことがある、と彼女は言いました。
 

バービー人形のような彼女が何を感じ、何を考えていたのか、私は想像すらしていませんでした。
奇麗でお洒落で、いつも注目の的。私とは別世界に住んでいる美少女。
思っていたのと全然違う人なんだね、というと、彼女は一瞬黙って私の顔を見つめました。
「他人のことなんて分かるわけがないじゃない。だから話すんでしょ?」
 

映画館の薄暗い明りの中で、彼女の表情はうっすらとベールがかかったようでした。
少し張りつめた声だけが、私の頭の中でいつまでも響いていました。
 

その夏が、彼女と話した最初で最後の夏でした。
夏休みが終って新学期が始まった頃、彼女がオーストラリアに留学したことを知りました。
ああ、狭い日本を飛び出して行ったんだね。世界中の人と話しをするために。
 

あの夏休みを、今でもはっきりと覚えています。
思い出すと、自分でも笑ってしまうようなお子ちゃまでした。
「自分と違う種類の人間と付き合う気はない」と頑なに世界中を拒否していた、あの頃。
私を理解できる人などいないと傲慢な絶望感に浸っていた、自意識過剰な16歳の日々。
それに風穴を開けてくれたのは彼女でした。
 

あれから数十年たっても、あの声が鮮やかに蘇るときがあります。
話すこと、伝えることに迷いがある時、彼女の声が私の背中を押してくれます。
誤解をされて傷ついた時にも、もう一度話す勇気を与えてくれます。
こんな理解不能な人と仕事なんかできるかと思うときにも、あの声が聞こえてきます。
 

「他人のことなんて解る訳がないじゃない。だから、何度も話すんでしょ?」

 
 
 
 

***
 
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2020-04-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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