ミシンの部屋 ~母の物語~
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:吉田まりえ(ライティングゼミ・日曜コース)
私が育った家には、母のミシンの部屋があった。
専業主婦だった母は、午前中に家事を済ませた後は、ミシンの部屋で過ごしていた。
3種類のミシンで、服を中心に下着以外の布製の“もの”は何でも作った。
私は、子どもの頃、母の“ものづくり”の様子を手品のショーの見るような気持ちで見ていた。自然と“ものづくり”に興味が芽生え、中学生の頃には、母に服やバックのオーダーもしていた。“ものづくり”は家族の共通の話題で、とても楽しかった。
母は、時折、人からオーダーを受けてワンピースやスーツの仕立てもしていた。
母の“ものづくり”にかける情熱はすごかった。
ミシンの部屋は、母にとって家族との交流の場であり、社会とつながる場でもあった。
そのミシンの部屋は、私が大学1年生の時、突如、使われなくなった。
父が脳梗塞の発作で倒れ、母が父の看病をする日々が始まったからだ。
母は、心身の疲れから療養が必要になり、その後20年近く、思うように回復しなかった。
数年前、母はアパートで1人暮らしを始めた。
穏やかな日々が続くようになった昨年末、母が中古ミシンを買った。
様子を見に行くと、母が「自分用は一通りつくったので、何かつくってほしいものはないか」と嬉しそうに聞いてきた。
私は、一瞬ポカンとしてしまった。感慨深かったのだ、母と再び“ものづくり”の話をする日が来たことが。喜んで、手提げバックをオーダーした。
母は、すぐにバックのつくり方を真剣に考え始めていた。懐かしい顔がそこにあった。
2月中旬、コロナが流行り始めた。母には持病があり、私は、一時、母に会うのを控えることにした。喜びは束の間、次のオーダーは材料購入が必要なためお預けとなった。
その代わり、定期的に電話するようになった。
4月初旬、福岡県に緊急事態宣言が出ることになり、母に電話をしてみた。
「外出は控えてる。それより、今、お母さん、マスクづくりに忙しくてね」
「マスク、どこにも売ってないからね」
「いや、それが売り物よ。近所の知り合いのお店でね、1枚1,100円の布マスクが飛ぶように売れるんだって。それで、布とか材料渡すから縫って頼まれて。30枚セットで、手間賃1枚100円、上手だったら200円って言われたの」
「出かけてるやん!」と言いそうになったが、ぐっと堪えた。
ここは「とりあえず5月6日までそのお店に出入りするのはやめよう」だろう。
しかし、私は、次の言葉に詰まってしまった。
家族として、どうしたらよいのだろう……。
コロナの感染リスクを考えれば、人と会うことを制限すべきだ。
特に、重篤化のリスクの高い母には、切実な命の問題だ。
私の心に引っかかっているのは、母の心の問題だ。
母は、インターネットが使えない。人とのコミュニケーション手段は、ガラケーと人に会うことしかない。合唱の習い事も、3月から少なくとも5月末まではお休みが決定している。
じんわりと孤立感が深まっているのではないか。
わかっている。今は、我慢の時だ。
家にいてコロナを予防するが孤立していくのと、心にやりがいを得るがコロナで最悪、死ぬかもしれないのと……、大袈裟に考えすぎ?
買い物と病院と同じでは?
お店に出入りする位なら、私が会いに行ったほうがいい?
コロナは長期戦の様相を呈している。
母にとって何が不急不要なのか?
わからない。5月になったら、わかるのか?
「どうしたの、急に黙って」
「いや、1,100円のマスクって、どんなマスクなのかなって」
「それが結構手間のかかるマスクなのよ!」と、母はマスクづくりの大変さを話し始めた。
話を聞き終えた私は、
「1枚100円は安いんじゃない? 自信もって200円で交渉したら」と言ってしまった。
数日後、母から200円で交渉が成立し、早速、次の30枚も請け負ったと電話があった。
母は、迷いが交錯する私の気持ちを知るよしもなく、コロナが与えた使命に燃えていた。
それは元気そうだった。
ところが、久しぶりに再会した母は、病院の入院ベットに横たわっていた。
激しい動悸と目眩のため救急車を呼んだとのこと。
「お母さん、気分どう?」
「昨日の夜、急に苦しくなって。今は、少しいい」
「マスクづくり、頑張りすぎたかな?」
「うん……? つくり始めたら、なんか夢中になってねぇ」
検査の結果、幸い異常はなく、あと1~2日程で退院してよいとのだった。私は、昨夜から、どうなるだろうとドキドキが続いていたので、大事に至らず一安心した。気を取り直して、母のアパートに入院用荷物を取りに行った。
母のアパートの部屋で、古いミシンが目に入った。
この部屋にミシンが来てから、母は、昔、元気だった頃の母に戻れたように思う。
家族との交流、社会とつながり、母の“ものづくり”への情熱。
まだ片鱗のような出来事ばかりだが、母は生き生きしていた。
母に、あの生き生きとした時間をもっと楽しんでほしいという願いは、
もう、いつ、何があっても不思議ではないという現実と隣り合わせだ。
退院したら、母と1度、話をしてみようと思う。
母が、これから残りの人生をこのミシンの部屋でどう過ごしたいかを。
***
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