うどんはヒーロー
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:文旦(ライティング・ゼミ日曜コース)
十数年前の夏、故郷高松駅に降り立った私は、思わずため息をついた。
『さぬきうどん駅』
目の前には堂々たる文字で書かれた駅名表示。
私の周りには、この表示を携帯に納めようと写真を撮る観光客や帰省客で賑わっていた。
この頃の私は、地元のうどんアピールにうんざりしていた。
大学進学と共に私は生まれ育った香川を出て関西にやって来た。
今年で17年目。あと少しで香川で過ごした年月を超える。
「どこの出身?」
「香川県です」
この後に続く会話は、17年間変わらない。
「うどんだね」
例外はない。
老若男女、誰と話しても香川イコールうどんである。
未だにうどん以外の返しは経験したことがない。
旅行会社に就職して、観光のプロである上司と話したときでさえも、うどんしか出てこず、少しショックだった。
栗林公園、金比羅、骨付き鳥、和三盆、屋島……。
我が故郷の財産だと思っていた名所や名物ではなく、
県内そこら中にあるうどんが、他所では圧倒的ヒーローであった。
私にとってうどんは、周りからチヤホヤされるような存在ではなかった。
どこにでもお店があり、安く早く食べられる。
高校の部活帰りはいつも、うどんかマクドナルドか、その二択。
手軽に胃袋を満たすことができるもの、それだけだった。
関西に出て来た頃から、ちょうど讃岐うどんブームが到来し、うどんについて聞かれることが多くなった。
「週に1度はうどんを食べないと禁断症状が出ると聞いた」
「讃岐以外のうどんは不味くて食べられないらしい」
など真顔で聞いてくる人もいたし、バイト先の先輩には
「おい、うどん!」
と嬉しくないあだ名で呼ばれる始末だった。
香川県イコールうどん。
香川県民はうどんが好き。
香川県民はうどんに異常な拘りがある。
地元が注目されることは嬉しかったが、あまりにもうどんのイメージが強いことに戸惑いを隠せなかった。
うどんの話ばかりで正直うんざりしていた。
もちろん、うどんは嫌いではない。
というか、そもそも好きとか嫌いとか考えたことがないのだ。
県外に出ることになった時は、もう安くうどんを食べることは出来ないのかと、少し悲しくも感じた。
しかし、所詮うどんはうどん。
目の前にうどんと肉が並べられたら、肉を選ぶだろう。
うどんとケーキだったら、ケーキを選ぶだろう。
だって、うどんですから。
うどん目的に香川へ行く人がいると聞いた時は信じられない気持ちだった。
1杯数百円のうどんのために、何千円もの交通費を払う。
そこまでの価値があるのだろうか。
行って後悔しないかと。
幸い私の心配は杞憂に終わったようで、うどんブームが去った今でも土日や夏休みには県外ナンバーの車が沢山訪れているが、そこまでの価値があるとは思えなかった。
そうこうしているうちに、ブームから数年の時を経て、関西にもうどんをセルフスタイルで提供するチェーン店ができ、讃岐うどんの店として急激に店舗を増やしていった。
割と安く、そして早く食べられるので、私もよく通った。
もちろん普通に美味しいと思った。
だが、そのお店が成功すればするほど、周囲からここの讃岐うどん美味しいね、と言われれば言われるほど心がもやもやした。
讃岐うどんと銘打ち、香川の地名が店名に入ってはいるが、地元では聞いたことがない。
よくある話だが、関西で誕生・成功し、その後香川に店を出したものの、香川県民には受け入れられず短期間で閉めてしまったらしい。
私はますます微妙な気持ちになった。
香川の讃岐うどんを食べて欲しいと思った。
慣れ親しんだ地元のうどんとは違うものが、讃岐うどんとして広まっていくのが嫌だった。
まさか自分がうどんの事でイラッとするなんて。
たかがうどんで。
そう思っていたのは自分だったのに、何をそんなに拘っているのかと驚いてしまった。
うどんはうどん。
それ以上でもそれ以下でもない。
うどんのことを褒められても、ついつい貶してしまっていた。
地味だし、珍しくもなければ意外性もない。
お肉やお魚、ラーメンや蕎麦にも勝てそうにない。
自分では散々な言い方をしてきたけれど、他人に貶されるのは我慢ができなかった。
身内を悪く言われているような気持ちになった。
恥ずかしいし、認めたくないけれど、どうやら私はうどんが好きらしい。
当たり前すぎて気がつかなかった。
離れてみて初めてその凄さを知った。
それでも最初は認められなかった。
アイツすごいね、と褒められても、そうでもないよと言ってしまった。
ある日、別の奴がもてはやされているのを聞いて、腹が立った。
何も知らないくせに。本当のアイツを知らないくせに適当なこと言うなと思った。
そしてようやく気がついたのだった。
私にとって、うどんは地元の仲間みたいなものだ。
あまりにも近すぎて気付かなかったし、なかなか認める事ができなかったけど、故郷の大切な仲間でありヒーローなのだ。
私はこれから先もずっと、
「うどんですね」と言われ続けるに違いない。
またアイツのことか、と思うこともあるだろう。
でもまあ、私が一番こだわっているようだから、胸張って答えよう。
「香川の讃岐うどんは最高ですよー!」
***
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