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メディアグランプリ

「親切の蛇口」の開け締めを学んだ社会の洗礼


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ひろり(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「あの…… すいません…… ちょっと良いですか?」
 
その子はか細い声でそう言った。
 
駅の改札を抜けて十数メートル。ホームまでもうすぐの少し広い場所にある大きな柱。
その陰にその子は立っていて僕に声を掛けてきた。
 
僕はと言えば久しぶりに街に出て、いきつけの美容室で髪を切ったばかり。
用事も済んだので自宅に帰るために電車に乗ろうとしていた。
 
最初は誰に声を掛けているか分からなかった。まさか自分に向けられているとは気づかなかった。
 
声の主に気付いて振り向いた。そこには見た目十代半ばくらいの女の子だった。
 
こちらが気付いたことを確認して女の子は近づいてきた。
そして、「突然すいません。実は、財布を落としてしまい、自宅に帰れなくなってしまったんです。後で絶対返しますから、電車賃を貸してくれないでしょうか?」と今にも泣きそうな顔をして頼んできた。
 
突然のお願いをされ、僕は正直困った。突然見知らぬ女の子に声を掛けられた上に
お金を貸してくれ、と。
 
しかし、どうやら困っている様子。もし本当であれば可哀想だ。それに、後で返してもらえるのであれば問題ないか。困っている時はお互い様ではないか。
 
色々と考えを巡らせていると、女の子は1枚のメモを手渡してきた。
 
「私の携帯番号です。ここから後で電話しますから、お願いします……」
 
自分の携帯番号を差し出すとまでなると、信用できるのではないか、僕の気持ちは固まった。
 
「分かった。良いよ。千円で良い?」
 
「ありがとうございます!」彼女は嬉しそうに言った。
 
そうして僕は彼女に千円を貸すことになったのだが、ほんの一瞬、彼女が来ていた手まですっぽり隠れるくらいの長袖シャツの隙間から、彼女の手の甲に掘られたタトゥが見えた。
 
本当に一瞬だったので、しっかり確認することは出来なかったが、何となく嫌な予感がした。
 
彼女は僕から千円札を受け取って、なぜかホームとは逆の方向に駆けていった。
 
あれ、電車はこっちなのに、と思い、さっきのタトゥの事もあったので、
念の為、さっきもらったメモに描いてある電話番号に電話してみた。
 
「もしもし?」怪訝そうな声がする。声質からしてどうやら中年の女性っぽい。
 
「あの、さっき女の子にお金を貸したんですけど、ご家族の方ですか?」
 
僕は聞いてみた。
 
「訳がわからんよ。それにアンタ誰?」電話の向こうで吐き捨てるように女性が怒鳴った。
 
……やられた。
 
この瞬間に全てを理解した。
 
僕は彼女に「寸借詐欺」されてしまったのだ。
 
教えてもらった携帯番号もデタラメ。電話に出た人は全く無関係の人だったのだ。
 
困っている風を装って、千円程度の小銭を騙し取る。当然ながら返す気はゼロ。
 
僕みたいにちょっとお願いすればホイホイとお金を貸してくれる奴は
彼女からしたら正に「カモがネギ背負って、出汁まで用意した」良い獲物だったろう。
 
お金を貸した途端にホームと逆の方向に走っていった理由も分かった。
単純に目的を達したので逃げただけだった。
 
僕はと言えば、良かれと思ってした行動が、単に悪ガキの犯罪行為に引っかかっただけになってしまったことで、心底後悔していた。
 
さっきまで髪を切ってさっぱりして、しかも困った人を助けられたな、なんて浮かれていたことが嘘のように落ち込んだ。
 
人生で初めて、天国から地獄に叩き落された、絶望的な気持ちをじっくりと味あわされていた。
 
騙された金額はたかだか千円だったが、金額は全く関係なかった。
 
どうして僕は、あんな陳腐な嘘に引っかかってしまったのだろう……
そのことばかりが頭の中を駆け巡り、悔しさの余り、その日はほとんど眠ることもできなかった。
 
一夜明けて、ようやく冷静さを取り戻し、こう思った。
 
僕は完璧に「平和ボケ」してしまっていたのだ、と。
 
自分の周りにいる皆が皆善良な市民であり、犯罪行為というものは、
テレビやネットの向こう側でしか起こり得ないもの、自分には全く縁がないもの、と
勝手に決めつけていたのだ。
 
確かにそれまでの人生の中で、ケンカや小競り合いといったトラブルは幾度となく
起こってきたけど、いわゆる「犯罪行為」に出くわしたことは無かった。
 
経験の無さがいつの間にか「自分には全く関係のないこと」にすり替わり、
更にはフィクションのように、虚構の世界のお話の様に扱ってしまうようになってしまっていた。
 
なので、僕は全く無防備に、「親切の蛇口」を出しっぱなしにしていたのだ。
 
これでは確かに「平和ボケ」と言われても仕方ない。
 
僕はこれまでの自分の甘さを大いに反省した。千円払ってアゴに強烈なアッパーを
喰らったような、キツイお目覚めの一発だった。
 
この事件の後から、僕は自分の「親切の蛇口」を調節するようにした。
疑心暗鬼、とまでは行かないが、僕が手を差し伸べるべき事柄かどうか、より慎重に
行動するようになった。
 
今思えば1000円で済んだのはまだ良かったのかもしれない。
もっとひどい目に合う前に目覚められたのは却ってラッキーだったのだろう。
 
かと言って、彼女に感謝などしない。詐欺は詐欺だ。
もし、今また遭遇することがあったら、速攻で警察に突き出すつもりだ。
 
「親切の蛇口」は、自分できちんと判断して開け閉めすることが、良い人も悪い人も居る社会では必要なんだということを学んだ、パンチの聞いた社会勉強だった。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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