美容師が魔法使いだった話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:Takahiro Kawasaki(ライティング・ゼミGW集中コース)
「このあと、お食事でも一緒にいかがですか、今日の成功を祝して」
まさか、こんなTVドラマみたいな展開が、本当に起こるとは、しかもこの僕に。
僕は商社に勤める、どこにでもいる普通のサラリーマンだ。入社して10年、ひと通りの仕事も覚え、順風満帆というわけでもないが、後輩の指導もしながらプロジェクトマネージャーの片腕として認められ、それなりの成果も上げている。
ただ、いい年なのに、いまだに独身だ。将来を考えられる女性を探してはいるが、いいひとはなかなか見つからない。社内に気になる後輩はいるが、フロアも違えばプロジェクトも違うので、挨拶はしても突っ込んだ会話をする機会はなかなか巡ってこない。
ドラムを叩くのが得意で、社内のサークルでバンドもやっているので、社内では「モテるだろう」と思われているようだが、そうでもない。だいたいドラマーなんて、そうそうモテるパートではないのだ。
ドラムを始めたのは、高校時代。モテると言われて始めたバンドだが、男子校の部活では女子と知り合う機会は非常に少ない。唯一のチャンスである学祭でも、ドラマーは後ろの方で目立たず、モテるのはギターやボーカルばかり。
それでも、演奏が上手ければ、気づいてくれるコもいるはずだ、と必死に練習した。お陰で某バンドコンクールでは、ベストドラマー賞を取ったりもした。でも、寄ってくる多くは決まってドラム小僧達。
それでも、たまには、ドラムプレイのことを聞いてくる女の子も何人かいて、その中で一番熱心に聞いてくるコに、ある日、意を決して2年越しの思いを告白したら「私の彼がドラマーで、ドラムのことよく知りたくて。色々教えてくれて有難うございました、ごめんなさい」
考えてみれば、学祭期間の数日しか会ってないのだ。そんな状況で好きになってくれているはずがない。若かったとはいえ、思い出したくない黒歴史だ。
それはさておき、毎年行われている社内のイベントでバンド演奏をすることになった。社内のイベントなので、同僚や後輩も見に来る。もちろん例の後輩女子も来る。千載一遇のチャンスだ。ここでいいところを見せて、彼女との距離を一気に縮めるにはどうしたらいいだろう。
僕は、行きつけのバーのママに相談した。
常連のK君(僕のことだ)だから、忌憚ない意見を言うわね、という前置きの後、ママさんからは色々厳しいアドバイスを頂いたが、要約するとこういうことだ。
・人となりは決して悪くないが、女性としては少々とっつきにくいところがある
・難しい顔をしていることが多いので、笑顔を作ることを意識するとよい
・髪型が野暮ったいので、女性スタイリストに整えて貰うとよい
始めの2つは予想していたが、3つ目は想定外だった。女性スタイリストって、美容師ということか? そう尋ねると、そうだということで、
「ここによく来るM子さん、知ってると思うけど、彼女、私の友人で美容師なの。彼女に切って貰ったら? 私も切って貰ってるのよ」
M子さん、知ってはいるが美容師とは知らなった。いつも大酒を飲み、悪口を言い合っている印象しか無いのだが、大丈夫なんだろうか。実は、単なる宣伝なんじゃないのか、とも思ったが、女性スタイリストの方が、女性目線で仕上げてくれるから良いと思う、という理屈は一理ある。
イベントの前日、僕は祈るような気持ちで教えられた美容室に行った。
予想はいい意味で裏切られた。
美容室のM子さんは、きちんとお辞儀をし、職人の笑顔で僕を迎え入れてくれた。
知人ではなく、一人の客としての僕に接してくれた。
ある程度の事情は知っていたのだろう、「男前にしてください」という僕の依頼に対し、「はい、かしこまりました!」と微笑みながら答えてくれた。
カット、シャンプー、ドライヤーを使った髪のセットと、特殊なことは一つもなかった。時々、床屋では使わない道具を時々使っていたようだが、よく分からない。ただ、切り終えた後、鏡に映った僕の雰囲気は、明らかにこれまでと違っていた。
翌日のライブは、大成功。見に来てくれた会社の同僚や友人達から良かったよ、との声が掛かる。そして、会社の後輩女子達からも声を掛けて貰い、例の気になる後輩女子から、冒頭のお誘いを頂いたのだ。
後日M子さんへ、お礼がてら、あの時雰囲気が変わって見えたのは何をしたからなのか訊いてみた。ちょっとした魔法をかけたのだ、と彼女は言う。意味がよく分からないので、どんな魔法か重ねて聞くと、少し困った顔で、「う~ん、教えても良いけど、その魔法は来てくれた人にしか掛けられないの」と笑った。
完敗だ。
僕は占いの類は全然信じないが、彼女の魔法だけは信じないわけにはいかなくなった。
M子さんは、国立の小さな美容室で働いている。ホームページでスタッフが紹介されているが、一番お酒を飲まなそうなのが彼女だ。
***
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