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店の名は


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田口純美(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
その店は、九州のとある田舎にある。だだっぴろい駐車場は田舎だからままあることとしても、店内は300名ほど入れる大きな店、だがつくりは簡素。都会のしゃれた店や小さな居酒屋に慣れていた私は、初めてその店を訪れたとき、田舎の野暮ったさや大雑把な雰囲気に、期待は持てずにいた。
 
案内された席は、引き戸で仕切られた10人程度が座れるくらいの個室で、目に飛び込んできたのはこたつ。しかも田舎のおばあちゃんの家にあるような絵柄のこたつ布団。こたつっていつ以来だろう……。子供の頃に、毎日遊びに行った隣家のおばあちゃんの家を思い出して、ちょっとノスタルジックな気分になっていた。そう、この店はノスタルジーで包まれているのだ。店内は、スタンド式タッチパネルの待ち時間案内システムが入口になければ、30年前にタイムスリップしたかと思うかもしれない。
 
テーブルの上にはガスコンロ。あ、焼肉のお店なんだここ。少しずつ私の認識が追いついてきた。いくつかの調味料とひとつだけ特別大きなタレの入れ物。小物に統一感やこだわりやおしゃれなものは見当たらない。私はといえば、ノスタルジーは感じてもやはり期待は感じられなく、また、初めてということもあって、連れの注文を聞くだけだった。
 
「ビールと、ネック10人前、サラダととりめしとちゃんぽん、お願いします」
 
え? 私入れて4人だけど、そんなに食べるの? それからネックって何?
私を除いたメンバーは、その注文のながれを当然に受け入れているので、質問するのもはばかられる気がして黙っていたら「ネックって、東京だとせせりって言うよね。鶏ののどの肉。」
どうもこの店ではこれが人気らしい。
 
まずは、サラダが運ばれてくる。よくあるグリーンサラダだけれども、野菜が新鮮で美味しい。そのあとすぐ大きな銀色の皿にたっぷりと鶏肉が載せられてテーブルに鎮座した。細長い肉がつやつやと美しく光っている。なるほど、鶏肉の焼肉か。ビールをごくりと飲むと、脳みそと胃が鶏肉スタンバイの状態になった。
 
焼き網に油をひくと一筋の煙がたち、排煙ダクトに吸い込まれていく。連れが手早くネックを網に並べていく。子供の頃からこの店に来ている連れの手つきは早い。網の上の肉は、じゅうじゅうと音をたてている。さきほど気になった特別大きなタレの入れ物から、連れが小皿にタレを注ぐ。漬けダレのようだ。
 
「はい焼けたよ、食べな!」
ぽいぽいとリズミカルに、連れが私の漬けダレの入った小皿に焼けた肉を放り込む。
細長い肉は少し縮んで小さくなったが、ぷりぷりとした弾力を歯で感じる。肉自体に上品な味わいがあり、肉に絡むオリジナルのタレは強い主張をせず、いいバランスなのだ。
「美味しい……」
一口目が美味しくて、二口目もやっぱり美味しくて、どんどん箸がすすむ。
いくら食べても飽きがこない、を通り越して、いくらでも食べられる。4人で10人前に納得させられた。
 
「とりめしとちゃんぽん、お待たせしましたー」
小さめの銀色の皿にたっぷりと載っている鶏の炊き込みご飯。ちゃんぽんはどんぶりで、見た目はごく普通。
とりめしもいけるよr、とすすめられて一口。いやこれ、私史上いちばんの鶏の炊き込みご飯だわ。というか、私の中の「美味しい食べ物ベストファイブ」にランクイン決定。ご飯にこれでもかと鶏の旨味がしみこんでいて、これまた食べだしたら止まらない。ちゃんぽんもダシが効きまくっているスープが美味しくて、れんげから口を離せない。ラーメンのスープは残す派の私だけれど、このちゃんぽんスープは飲み干してしまいたい衝動に駆られる。
 
私は圧倒されていた。田舎の野暮ったいノスタルジックな店で、箸を止められないほどの料理が次々と出てくる。おなかはぱんぱんなのに、まだまだ食べたい……。
 
一回の訪問でこの店のとりこになってしまった私は、この時の連れがほどなく夫になり、年末年始と盆の帰省のたびにこの店に通うことを楽しみにし、ついには今年、この店の支店近くに移住してしまった。
 
移住した理由は家族のことや仕事やライフスタイルなどいろいろな事情が絡むので割愛するが、この店の存在は小さくない。私の人生において「美味しい」が近くにあることは重要なことなのだ。そして通うたびに、この店が持っている「幸福感」がわかってきた。幼い子供も年配者もみんなでゆったり囲めるテーブルに料理。気取らないスタイル。絶対的な美味しさ。家族や仲間で美味しいと楽しいを共有することは、間違いなく人生に刻まれる幸せだ。
 
この店はかつて、食通雑誌dancyuの巻頭特集ページに掲載された。そのページの中で、自分が小さい頃から来ていて大好きなこの店に、恋人を連れて来たいと以前から思っていて、それが今日叶った、という話があった。この店は、美味しさと幸福感で満ちている。
 
 
 
 
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この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
 

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2020-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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