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ライブハウスのこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:渡辺悠香(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
今、世界中が闘っている。
多くの場所が消えて無くなってしまう恐怖に立ち向かう中、私にもどうしても残っていてほしい場所がある。
ライブハウスである。
 
私自身は、ライブハウスと直接縁が深いわけではない。
バンドを組んだこともないし、行きつけのライブハウスもない。
むしろ「ライブコンプレックス」なるものを勝手に抱え、ライブに関わることを避けていた時期もあるくらいだ。
 
けれど先日、縁もゆかりもない地でのライブハウス倒産のニュースをみて、ひどく心が痛んだ。
逆に、涙が出るほど嬉しかったのも全国のライブハウスを支援する流れが構築されたことだった。
 
ありふれた話になるが、私がライブデビューをした場所は高校の体育館であった。
高校生最大のイベント、文化祭。
どう転んでも接点ができなさそうなキラキラした先輩たちが、いろんな色のライトを浴びて当時流行っていたバンドの歌を演奏していた。
暗転したステージで、赤い光がぼうっと灯る。
掠れたボーカルの歌い出し、ギターの静かなフレーズ……。
演奏が止まり、一拍置いて、体育館全体がしんとなる。
瞬間、ライトがぱっと光って、ボーカルと共にギター、ベース、ドラムが一斉に歌い出す。
頭の中に直接響く爆音の歌。
体全体を揺すっていくギター。
心臓をえぐり出すベース。
腹の裏まで響くドラムの音。
初めて聴いた生のバンドサウンド。
音を浴びるって、こういうことなんだ、
頭で思うより先に心が理解した。
 
私に強烈な印象を残したこのステージ、実は紛れもない“本物”だった。
 
市内のライブハウスによる協力のもと、体育館にはプロが演奏するのと同じレベルのステージが3日間作られた。
音響も、照明も、プロの手が入っていた。
オープニングアクトは、校内で最も実力のあるバンド。
いつもの体育館は、キャパ500人を超えるライブハウスになっていた。
 
私の人生に突然現れたキラキラの世界。
そこから3年間、バンド活動する人たちは、先輩、同級生、後輩、みんな輝いてみえた。
 
私はというと自分もしたいと言うことができなくて、仲間なんてみつけられるはずもなくて、ついぞキラキラした“あっち側”の世界に行くことはなかった。
だから、初めてライブハウスで先輩のライブを観たあの時の感情は、嫉妬だったと思う。
 
市内のライブハウス。
学校でも仲間に囲まれてキラキラしている先輩や同級生たちが、お洒落な大人たちと話しながらキラキラな世界をさらに広げていく。
ステージで目が眩むほどのライトを浴びる者と、暗いフロアから眺める者。
そこには“あっち側”と“こっち側”の明確な境界線があるようで、自分には踏み込めない。
 
“あっち側”じゃないのに、こんな場所にいるなんて。
 
「ここはお前の居場所ではないよ」
心の奥からそう聞こえた気がして、居心地が悪かった。
 
私はこの嫉妬の塊を「ライブコンプレックス」と名付け、実に7~8年も共に過ごすことになる。
 
そして、長い付き合いになったこの怪物とお別れした場所もまた、ライブハウスだった。
 
私は毎日ひたすら仕事に没頭していた。
好きなバンドは沢山あったけれど、怪物の存在を感じたくなくて、ライブの情報を集めることも行くことも避けていた。
 
ある時、職場の同期が私の勧めたバンドを気に入り、ライブのチケットを取ってくれた。
つらい時も楽しい時もいつもイヤホンから流れていたバンドだった。
せっかくだし久々に行ってみようかな、と軽い気持ちで了承した。
 
2500人くらい入る大きなライブハウスは初めてだった。
背の低い私は中途半端な位置からでは何も見えない。
ステージがよく見たくて、ボーカルの正面ど真ん中、前へ前へ詰めた。
始まりを知らせるアナウンスが流れる。
嘘みたいな圧でどっと人が前へ押し寄せる。
ぎゅうぎゅうに押されて、サンドイッチのように人と人の間に挟まる。
ライブの始まりとともに全身に浴びる、爆音。
自分の意思では前にも後ろにも縦にも横にも動けない。
流れに合わせて挙げた右手を、下ろす空間がない。
はみ出たレタスのようにへんな体勢になりながら、必死に頭と頭の間から世界を見渡す。
隙間から見えたものは、輝くステージと“こっち側”の笑顔。
ステージもフロアも、ここにいる全員がただこの瞬間を楽しんでいる。
頭を空っぽにして、大好きな音楽を浴びる、跳ねる、叫ぶ。
光と音にあてられて勝手に顔が笑う。
下ろせなくて挙げ続けていた右手が痛い。
汗まみれで髪の毛が顔にへばり付いている。
足と腕にはいつ作ったのかわからないアザが出来ている。
でも、気持ちは妙にすっきりしていた。
 
ライブ終わり、芝生に寝転んで見上げた空には、星が全く見えなかった。
でも、なんだかキラキラして見えた。
“こっち側”も、なかなか良いものだと思ったのは初めてだった。
ライブハウスに行くことが、大好きな音楽の楽しみ方に変わった瞬間だった。
 
今でこそステージで輝くバンドマンたちも、かつては“こっち側”の一人だったという話も少なくない。
ステージで咲き狂う花々が感動や熱狂の種を蒔き、その種を育てた者がいつか同じステージで自分の花を咲かせる。
ライブハウスはまるで夢見るバンドの花が咲く、ド派手な花壇だ。
照明、音響、会場設営……スタッフとして陰から支えることで、その花を咲かせる人もいるだろう。
そしてステージの花は、“こっち側”のだれかにまた新たな種を蒔く。
 
小さなライブハウスからも大輪が咲く。
冒頭で触れたライブハウスは300人規模の会場であったが、このライブハウスから近年ブームとなったバンドや、若くしてメジャーデビューを果たすバンドが続々と生まれた。
150~200人規模の会場を拠点に、世に名を知らしめたバンドも多い。
ライブハウスにはきっと、規模だけでは計れない可能性がある。
だから小さなライブハウスも、大きなライブハウスに負けず劣らず尊い。
 
現在、特に存続が危ぶまれているのは、小さなライブハウスの方である。
ライブ活動の自粛から2か月以上が経ち、アーティスト発のものからCDショップ後援のものまで、“あっち側”も“こっち側”も関係なくライブハウスの支援を行える場が構築されてきた。
いつか咲く花々を想って、微力ではあるが私も協力したいと考えている。
 
私個人にとって特別なだけでなく、業界にとっても未知数の可能性を秘めた貴重な場所。
厳しい状況であることは百も承知だ。
けれど全国のこの場所が、どうか、どうかひとつでも多く残りますように。
楽しい未来へ続きますように。
そう願わずにはいられない。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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