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メディアグランプリ

感謝したいことがあるなら、何年経ってでも伝えるべき


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中川誠斗(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
近所の河川敷だった。体育座りをし、川を眺めながら思い出していた。天気もよく、横から春の心地よい風が吹いている。
会社を退職し、次の就職先を探そうとしていた。ただ、どこか心がザワついて落ち着かない。
過去の自分が、僕に訴える。
 
「おい、待てよ。やり残したことがあるんじゃないのか」
 
そう。やり残したことがあった。
5年間、放ったらかしにしていた、「ありがとう」の言葉。
やっぱり伝えなきゃ。でないと一生後悔するぞ。
思ってからは、速かった。僕はすぐに電話をかけた。
5年間も動けなかったことが、ウソのようだった。
 
大学生だった僕は、就職活動で初めて挫折した。
 
やりたいことも興味のある職業もなくて、手当たりしだいに応募した。総合商社からソフトウェアを作るIT企業、ビルのメンテナンスをする会社。
世の中にはいろんな会社があるのだなあと、最初はのんきに思っていた。でもそれは長くは続かなかった。
 
「志望動機はなんですか」
「あなたの得意なことを教えてください」
 
真っ赤なウソとまでいかなくても、「本当はそんなこと思っていないのに」とか「自分よりもっと上手くできる人はたくさんいるでしょ」などといつも感じてしまい、面接を受けるたびに自己卑下に陥ってしまった。
冬の12月に始まった就職活動は、いつしか真夏の8月になっても続いていた。その頃は大学でも友人たちとは会わなくなっていき、心に限界を感じていた。
 
誰かに、助けてほしかった。
 
でもプライドが邪魔をして、友人にもゼミの教授にも言えなかった。心が窒息する寸前になって、ようやく相談できそうな場所を見つけた。
廊下に面した自動ドア。その先にはブースが3つ。キャリアセンターと呼ばれる、大学の就職課だった。
 
最初は恥ずかしくて、目の前の廊下を何度も往復した。しだいに往復していることが恥ずかしく思えてきて、平静を装って足を踏み入れて、相談したいのだと告げた。
そこで2ヶ月ほどお世話になった。内定先が決まるまでの間、ずっと同じ職員さんが担当してくれた。自分の魅力を教えてくれ、面接でちゃんと言えるように一緒に練習した。
内定が出て、入社を報告したときには喜んでくれた。そのときにも感謝を伝えたが、働き始めたらもう一度会ってご挨拶しようと思った。
 
ところが、その後がいけなかった。仕事の忙しさに甘えてしまい、その日をだんだんと後回しするようになってしまった。
半年が1年になり、2年が過ぎた。後回しにしたことも忘れてしまった頃、退職した。入社5年目だった。
辞めて、やっと思い出したのだ。
 
思い出している間にも、電話の呼び出し音は続く。体育座りで丸まった背中に、肌着がピタッと張り付いていく。
規則正しく響いていたプルルルという音が、急にガチャッとなって止まった。
 
「あっ……あ、あのう、5年前に卒業しました、中川と申します」
早口になるのを抑えながら、事情をゆっくり説明する。
返ってきたのは、トーンの低い声だった。
 
「残念ですが、その職員さんは他へ転職してしまって。ここにはもういないんですよ」
それまでの緊張が、まるで自転車のタイヤに針が刺さったよう抜けていった。
 
「あぁ……そうですよね」
 
5年も前だ。ずっと後回しにした自分が悪かった。
今さら連絡した恥ずかしさと情けなさが、僕を包みこんでいく。
 
「うーん、でもね」
え?
 
「実は私、その人と一緒に働いていた時期があったから、連絡先は知ってるの。電話番号とメールアドレスを教えてくれたら、私から伝えておいてあげるわ!」
 
丸まった背中がまっすぐ伸びる。大きく息を吸い、本当ですかと叫んだ。
近くに座っていたカップルが、僕の方を振り向いた。
 
連絡先を伝えると、その日の夜1時にメールが届いた。
あとで聞いた話だが、元同僚からの知らせを受けた当時の職員さんは、仕事から帰ってきた疲れも一気に吹き飛んだという。
僕は、そのメールの返信でお茶に誘った。対面で伝えたいという気持ちが抑えられなかった。
 
メールから1週間が過ぎ、新宿にあるホテルのロビーで待ち合わせをした。
先に待っていた僕の背中に声がかけられる。振り向くと、そこには当時と変わらない姿が見えた。泣きはしなかったが、目がウルッとしたのは気づかれたかもしれない。
カフェに案内され、ふかふかのソファに腰を下ろす。トレンチコートを脇に畳んだ職員さんが、僕より先にこう言った。
 
「大学へ連絡してくれたみたいね。本当にありがとう。返信してくれたメールは何度も読みました。あのメールは宝物だわ」
 
仕事に趣味の話まで、気づけば2時間しゃべっていた。
僕が仕事を辞め、今は将来を模索していると言うと、5年前のように親身になって話を聞いてくれた。
趣味の話になったとき、「ラップバトルに興味があってやりたいの」なんて急に言い出したときは、さすがに笑ってしまった。女性の職員さんで、ラップで相手を罵っていく姿は1ミリも想像できない。今でもおかしくて笑ってしまいそうだが、真面目に考えている様子に凄まじいギャップがあった。
机のコーヒーは冷めていき、心は暖かくなっていった。
 
帰宅して、寝る前に今日のことを振り返る。
 
「人には感謝しましょう」などという、幼稚園生が教えられるようなことが、実はとても難しかったりする。伝え方を間違えると「水臭いやつだ」なんて言われてしまいそうだ。
でも、感じているならやっぱり伝えたほうがいい。伝えなければ、他人にとっては無かったも同然なのだ。言わなくてもわかってくれる人なんて、この世にいない。言ってもらえて初めて気付けることが、人と人との間にはたくさんあるのだと知った。
 
もしこれを読んでいる人の中に、お世話になった人の顔を思い浮かべた人がいるのなら、ぜひ伝えてみてはどうだろうか。
ありがとうに、賞味期限はない。僕は5年越しに伝えた。ありがとうは、きっと10年でも20年でも許されるのかもしれない。でも人は永遠ではないから、伝えられるうちに伝えるべきだ。
 
メールでも電話でも。手紙だって良いと思う。感謝したい人がいるなら、それを待っている人もいる。
この世に人を必ず幸せにできる言葉があるとしたら、それは「ありがとう」なのだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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