メディアグランプリ

友達に本棚を見せることは、人前で裸になることよりも恥ずかしい。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:大和田絵美(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
その日私は、自室の本棚の前で途方に暮れていた。
部屋の2面を占める大きな本棚を眺めながら、また一つ溜息をついた。
 
きっかけは、数日前に書いたブログだった。
新型コロナウィルス感染拡大の影響で、今、私達は人に会わない生活への協力を要請されている。
そのせいで、最低限の生活に必要とみなされないお店や施設は休業を余儀なくされた。
カラオケや映画館などの遊戯施設、洋服や雑貨などを扱う商業施設、ペット関係、マッサージなどあらゆるところが閉まって、1か月になる。
困っていることは人それぞれだけど、私は断然、「本屋さんに行けないことを辛いと思っている」とブログに書いた。
 
なぜなら、本屋さんに行くことは、私にとってカウンセリングに行くことと同じだからだ。
ストレスが溜まった時や辛いことがあった時、気持ちがモヤモヤしている時、私は本屋さんに行く。
たくさんの本を目にして、気になったものは手に取ってページをめくってみる。
そこから答えを直接得ることは出来なくても、今の自分から少し離れることで、だんだんと気持ちは落ち着いて、元気になってくるのが分かる。
昔からそうだった。
本屋さんは私の精神安定剤で、大げさではなく、生きていくのに欠かせない場所だ。
だから、「書店」ではなく、「本屋さん」といつも親しみを込めて呼んでいる。
私の大切な、大切な場所だ。
平日昼間の静かな本屋さんも好きだし、休日のちょっとざわついた本屋さんも好きだ。
誰にも話しかけられることのない大型書店も好きだし、店員とのお喋りも楽しめる小さな本屋さんも大好きだ。
本屋さんに行くと、ただブラブラするだけではなく、いつも何冊か買ってしまうのだが、購入した本でその時の自分の精神状態も分かる。
楽しい気分になりたい時、刺激が足りない時、背中を押して欲しい時、自然にそういう本を手に取るのだと思う。
 
ブログを書いた後、それを読んだという友人から電話がかかってきた。
友人は読書家で、図書館が閉館してしまって読む本がなく、ストレスが溜まると。
だから、私の気持ちがよく分かると言った。
その時、私はうっかり閃いてしまった。
「じゃあさ、お互いの本、交換しない?」
これが、昨日の夜の出来事である。
 
実際に交換する本は、送る側が決めることになった。
でも、既に読んでいる本を送ってしまう危険性もある。
なので、まずは読んだことがある本を申告し合うことにした。
「じゃあ手っ取り早く、明日、本棚の写真を撮って送るね」
そんなことを言った昨日の自分を、引っ叩いてやりたい。
 
目の前の本棚にスマートフォンを向けピントを合わせてみる。
ダメだ……
シャッターを切ることが出来ない。
理由は簡単。
恥ずかしいのだ。
ただひたすらに恥ずかしい。
と言っても、何も恥ずかしい本が置いてあるわけではない。
私の本棚には雑多に様々な本が並んでいる。
現代小説に時代小説、ドラマの原作本もある。
有名人のエッセイもあれば、マイナーな国の紀行文もある。
趣味の「茶道」に関する本、仕事で使う「健康関係の本」もたくさんある。
漫画やボーイズラブ、ハーレクイン、料理のレシピ本、好きなアイドルの写真集、友人が書いた自費出版の小説も並んでいる。
本棚だけ見ると、私がどんな人物なのか想像するのは難しいに違いない。
まるで小さな本屋さんのように、趣味嗜好がバラバラの本達が私の本棚には集まっている。
そして、自分のその時々の心理状況に合わせてチョイスしたもので埋まったこの本棚は、私の普段見せない心そのものを丸ごと表しているような気がする。
トキメキが足りない時は、恋愛小説を。
穏やかな日常に満足している時は、ミステリーを。
母親との確執に悩んでいる時は、絵本や童話を手にすることもある。
今読んでいる本を知られると、自分の心理状況までも読まれてしまいそうで、私はそれすらも躊躇してしまう。
ましてや本棚を見られるなんてことは、私にとって裸を見せることよりも恥ずかしいことだった。
 
他人がこの本棚を見て、私のことをどんな人間だと思うだろうと考えると恥ずかしい。
いやいや、それは自意識過剰で、そんなことはないと分かっている。
私だって、人の本棚を見て、そこまで心理分析のようなことはしないと思う。
そんなことはないと思うのだけれど、でもどうしても、この「本棚を写したたった一枚の写真」で、自分の心の中までも覗かれてしまいそうで、何とも言えず怖いのだった。
 
この葛藤、どこかで経験したことがあるなと、ふと思い出す。
それは、数年前に参加した「本の交換会」だった。
 
「本の交換会」とは……
自分のお気に入りの本を持参し、その本のプレゼンをする。
全員のプレゼンが終わったら、一番気に入った本を各自指名する。
単独指名だった場合はその本をもらえる、という趣旨だった。
(ちなみに、指名が重なった場合は、じゃんけんで決めることになっていた)
 
その持参する「お気に入りの本」を選ぶ時、私は今回のように途方に暮れる羽目になったのだった。
今と同様、「自分のお気に入りの本を人に教えるなんて、恥ずかしい」という感情に苦しんだ。
初めて会う人達にお気に入りを披露するなんて、突然、「私はこういう人間です!」という心の奥底の部分を曝け出すことと同じだと思った。
悩みぬいた結果、私はすごく無難な一冊を持って行くことに決めた。
「『健康診断異常あり!?』大逆転健康法」という、仕事で使っている本だった。
もちろん、お気に入りの一冊ではない。
でも、参加者は30代から50代で、そろそろ健康が気になるお年頃。
絶対に興味を持ってもらえるはずと確信していた。
結果、この本は大人気だった。
でも、私には苦い後悔だけが残った。
私以外の参加者はみんな本当の「お気に入りの一冊」を持ってきていて、それを選んだエピソードも心の奥底をチラ見せする素敵なものだったからだ。
本にまつわるエピソードを知るだけで、今日会った人との心の距離も特別に縮まるのだと言うことを身をもって経験した。
今でも後悔している。
なぜあの時、本当のオススメを持って行けなかったのだろうか。
自分を見せるのは恥ずかしい。
でも、曝け出したその先に、今よりももっと良い関係になれることだってある。
「裸の付き合い」とよく言うが、確かに一度一緒に温泉に入ったりすると、その相手との距離が縮まるということはある。
それと同じように、本にまつわるエピソードを共有するということは、私と言う人間を知ってもらうための一つのきっかけなのだった。
 
今また私は、友人に自分をより知ってもらえるかもしれないという機会に直面している。
これは、もう一歩距離を縮めるチャンスなのではないか、不意にそう思った。
私はもう一度本棚を見渡し、今度こそスマホのピントをしっかり合わせてシャッターを切った。
今の想いが鈍らないうちに、友達に写真を送信する。
 
胸がドキドキする。
でも、嫌なドキドキではない。
この写真を受け取った友人と、今よりも更に濃密な関係になれるのではないかという期待に満ちたドキドキだった。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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