人生最後の料理は「背徳心入りビーフカレー」で
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記事:ひろり(ライティング・ゼミ平日コース)
「そしたらな、うちのオカンが言うねん。それは人生の最後に食べたいものやって」
「そしたらコーンフレークちゃうなぁ」
……2019年のM-1グランプリで優勝した漫才コンビ、ミルクボーイの鉄板ネタ、
いわゆる「コーンフレーク漫才」の走りの部分だ。
コーンフレーク一つでこれだけ笑える話を作ってくる所、流石にプロの漫才師はすごいなとテレビを見ながら感心していたのだが、僕はあるフレーズにちょっと心が引っかかった。
それは、「人生最後に食べたいもの」というフレーズだった。
コーンフレークは流石に「人生最後に食べたいものではないだろう」というのが
このネタの面白いところなんだけど、じゃあ、人生最後に本当に食べたいものって
なんだろうな……と思ったのだ。
人生最後に食べたいもの…… 人それぞれあるだろう。
予約の取れない三ツ星高級フレンチかもしれないし、超分厚いステーキかもしれない。
家族と一緒に食べたオムライスとか、彼女の手作りだったり……
何となくイメージするのは、普段口にすることのできない値段の張る食べ物、もしくは
思い出に残っている料理ではないだろうか。
僕の場合は何だろう…… と改めて考えてみた。そうしたら、一つパッと思い浮かんだ料理がある。
それは、「カレーライス」だった。
カレーライスなんていつでも食べられる料理の代表格みたいなものだけど、僕が思い出したのは、母の「うっかり」が生んだ滅多に口にすることのできない特別なカレーだった。
船乗りの父がある日自宅にクール便で荷物を送ってきた。
家族全員で何だろう?と開けてみたら、それはカチコチに凍った大量の牛肉だった。
どうやら、アメリカ経由の航路で仕事をしていたようで、寄港した街で安い牛肉を大量に買ったらしい。それを家に送ってくれたのである。
家は僕を含めて3人兄弟。食材はあれば有るほど良い。
僕らも牛肉をいつでも食べることができるので、みんなでワーイと喜んだ。
その日から、数日おきに色々な料理で牛肉が食卓に並ぶようになった。
僕らも喜んでどんどん食べていたのだが、送られてきた牛肉の量が半端なく多かったため、
母も含めて4人で食べても食べてもなかなか牛肉は無くならなかった。
今の現状を思えば何とも贅沢な状況だった。
そんなこんなで幾日が経ち、いつものように母が夕飯の支度を始めようとしたときに、
「あっ!!」と声を上げた。
何かあったかと思い、台所に言ってみると、母が困った顔をしている。
「どうしたん?」僕が尋ねる。
「お父さんが送ってきてくれた牛肉、もう賞味期限が切れそうなんだけど、まだこんなにたくさん残ってるんよね……」
母はまだ山盛りに残っている牛肉を目に途方にくれていた。
母なりに計算しながら料理をしてきたのだろうけど、父が送ってきた牛肉の量があまりにも多かったため、捌ききれずに賞味期限を迎えようとしていたのだ。
なんだなんだと妹と弟も台所に集まってきた。そこで即席の家族会議が始まった。
こんなに山盛りの牛肉は、いくらなんでも食べきれない。かと言って捨てるのも勿体ない。
みんな、何が食べたい?と母が聞いた。
何が良いかな……と考えようとした時に、家で一番の食いしん坊の妹が叫んだ。
「カレー!!」
……そうか、カレーに入れてしまえばいっぺんに牛肉が食べられるぞ。
さすがはいつも食い物のことばかり考えている奴だ。ナイスアイデア。
僕も妹に便乗し「俺もカレーが良い!」と同意した。
母も母で、考えるのが面倒くさくなったのか、「よし、カレー!!」と声を上げた。
三男の弟だけが、よくわからない風の顔をしていた。
こうして、大量の牛肉を使ったカレー作りが始まった。
なにより、野菜よりも牛肉の方が圧倒的に多い。
野菜を切る手伝いをしながら、一体どんなカレーはできるのか、ワクワクと同時にゾクゾクするような気持ちを覚えた。
今思えば、何となく後ろめたいような、ある意味背徳的な感情だったのかもしれない。こんなに牛肉使って良いのだろうか……? と。
母が鍋に牛肉をドンっとブチ込んだ。まさに「ドンッ」だった。
…きっとコレはとんでもなくヤバいカレーに違いない。
僕の期待はどんどん膨らんでいった。
仕上げの煮込みも完了し、出来上がったカレーが食卓に並ぶ。
いい匂いだ。でも、匂いはいつものカレーとそこまで変わらない。
全員で手を合わせ「いっただきま~す」
その後4人で一斉にパクリ。
……
妹が絶叫した。「うまーーーい!!」
僕も負けじと「うまーーーい!」と叫んだ。母も弟も同じだった。
う、美味い、なんだこれ!? 本当にカレーか??
期待通り、いやそれ以上だった。大量に牛肉を入れたカレーはビーフカレー、いやそれ以上の料理になっていた。とにかく濃厚で、何回噛んでも牛肉の旨味がこれでもかと襲ってくる。
もちろんカレーであることは間違いないのだけど、何か違う料理を食べているような、そんな錯覚を覚えそうなものだった。とにかく牛肉、牛、ギュウ、ギュウギュウなのだ。
こんなギュウギュウなカレー、もう二度と食べられないのではないか。
小学生にすらそう思わせてしまうような、贅沢なカレーだった。
お金を出してありったけの牛肉を入れれば似たようなカレーを作ることはできるかもしれない。でも、このカレーはそれだけでなく、父の気遣いと母のうっかり、それと僕の背徳心という3つのスパイスも溶け込んでいるのだ。
あの時だから作れたカレー。旨味と背徳心でゾクゾクするカレー。
それは僕の記憶にしっかりと刻まれている。
もし、本当に「人生で最後に食べる料理」を選ばなければいけなくなったら、僕はこのカレーを選ぶだろう。願わくば是非もう一回食べたい、あのゾクゾクをもう一度味わってみたい、とミルクボーイの漫才を見終わった後、独りしみじみ感じていたのだった。
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