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ジャングルで過酷な新人研修を受けて母になった話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:藤野 碧(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「さすが、お母さんだね!」
「やっぱり母親は違うね~」
 
私が我が子のために頑張っていると、そう言われる。
我が子のために我慢した時に、そう言われる。
 
悪気のない誉め言葉だ。
だけど、何かが引っかかる。
 
だって、母親になったからって、「自然と」頑張れるわけじゃない。
我慢できるわけでもない。
女性にはもともと「母性」が備わっている?
子どもを産めば、慈愛や自己犠牲の心がわいてくる?
そんなわけ、ないじゃないか。
私だって、母になった現実に愕然としつつ、どうにかこうにか、自分を変化させてきたのだ。
 
2018年秋、私は総合病院の産婦人科に入院し、出産し、1週間の回復期間を経て退院した。病院で過ごした産後の1週間は、私の過酷な研修期間でもあった。私は「今までの自分」と「これからの自分」の違いに直面し、大きなショックを受けた。
 
そこは野生のジャングルで、学生気分をふき飛ばす、新入社員の合宿所だった。
 
私の部屋は6人部屋で、カーテンで区切られた6つのベッドに、女性が1人ずつ滞在していた。体調不良で入院している妊婦と、既に出産を終え、赤ちゃんのお世話の方法を習いながら体を休ませている人の両方がいた。同じフロアに同様の部屋が5つほどあった。
 
何度も、「野生」という言葉が頭に浮かんだ。
 
その病院で出産した女性は、おおむね翌日から赤ちゃんの世話を始めた。数時間おきに自分のベッドを出て、「新生児室」に行って我が子を受け取り、「授乳室」でおっぱいをやる。私が出産後、初めて「授乳室」へ行くと、4-5人の女性と赤ちゃんたちがいた。そこは特に仕切りや目隠しのない明るい部屋で、女性たちは壁際の長椅子に座って授乳していた。皆、パジャマの上着から、裸のおっぱいを出していた。
 
おっぱいを出したまま、助産師さんに赤ん坊の抱き方を教わっている人、隣の人とおしゃべりしている人。初めて見る光景に、私はぎょっとした。
 
たしかに銭湯や温泉では裸になるけれど、初対面の女性とこんな至近距離で、おっぱいを出し合うことって、ない。それを皆が違和感なくやっているように見えて、私はびっくりしたのだ。失礼ながら、群れを作って生活する動物……ゴリラや猿を連想させた。私は部屋の隅にひっそりと腰かけた。
 
生まれた赤ちゃんが小さい等の理由で、別の部屋で特別に管理されており、直接の授乳ができない人もいた。そういう人は、「搾乳」といって、機械や器具を使って母乳をしぼる。後で看護師さんが赤ちゃんに飲ませてくれるのだ。私もその一人だった。
 
助産師さんが搾乳のやり方を教えると言い、私はおっぱいを取り出し、機械が取り付けられた。もはや動物みたいとかおかしいとか恥ずかしいとか、言っている場合ではなかった。見慣れた自分の体から母乳が出てくるのは、とても変な感じがした。だけど誰も私の感想を求めていなかった。しぼった母乳をボトルにため、袋に入れて看護師さんに預ける。それが私の仕事だった。毎日、3時間おきに繰り返した。「牛」と私は思った。私が人間から、遠ざかっていく。
 
出産しても母乳がうまく出るとは限らない。私は数日間、母乳がうまく出ずおっぱいの中にたまり、石のように硬くなって、痛みと熱に苦しんだ。
 
色々な看護師さんや助産師さんが日替わりで私のベッドに来て、おっぱいを冷やしたり、温めたり、マッサージした。私が落ち込んでいると「大丈夫!藤野さんのおっぱいは、いいおっぱいですよ!」と励まされた。ぎゅっと押され、しぶきが上がる。「はい!今出ましたね!かなり出るようになりましたね!」とほめられた。個室じゃないから、他の妊婦さんやお母さんや、その面会の人々にも、全部聞こえていた。
 
恥ずかしい気もした。だけど「この痛いおっぱいを、何とかせねばならない」「子どもにやる母乳を、しぼらねばならない」と必死で、それどころではなかった。私はジャングルの一部となって、寝起きし、ひたすら母乳をしぼった。新し過ぎる毎日に目が回った。
 
一部の企業の過酷な新人研修について、ネットの記事を読んだことがある。新入社員が1週間、郊外の合宿所に缶詰にされる。連日、あいさつの特訓やマラソン等の厳しい課題を与えられ、上司や先輩から叱咤激励される。新入社員は「ショック療法」のような形で、学生気分から、社会人マインドへの変革を迫られるのだ。行き過ぎるとブラックと呼ばれる。
 
私の入院生活はこれに似ていた。誤解を避けるために言っておくが、看護師さんも助産師さんも親切で、力を尽くしてくれた。部屋は優しいオルゴール調のディズニー音楽が流れる、穏やかな空間。怖い人や威圧的なことは何もない。それでも、私は強烈なショックを受け、マインドの変革を迫られた。
 
それまでは、きわめて理性的な現代人だった私。きちんと服を着て、おっぱいはもちろん、胸元が人から見えないように、下着のシャツすら見えないように、隠した。見えるのは、恥ずかしいこと。それが当たり前だった。
 
出産したら急に、違う世界に放り込まれた。
ここはグロテスクな野生のジャングルだ。私の理性や羞恥心に用はない。
なぜなら、何より大事なのは、「赤ん坊の生命維持」だから。
 
呆然としたが、そんな自分を顧みる余裕はない。自分が何に傷ついているのかもわからないまま、新しい世界に適応するしかなかった。それまでの「当たり前」や「大事だと思っていたもの」を捨て、子どもを優先させるしかなかった。
「母親としての私」が始まった。
そして、今もその延長線上にいる。
 
「母親としての私」にスムーズに移行できる人なんて、いるのだろうか。
「それまでの私」との葛藤なく、自然に、子どもを優先できる人なんているのだろうか。
 
妊娠中。出産時。
入院期間。初めての赤ちゃんとの暮らしの中で。
夫との関係の中で。親戚や世間から何か言われて。
場面は違えど、誰もが大小様々な「新人研修」をくぐり抜け、ショックを受けながら、何とか自分を変えて、母親になったのではないだろうか。
 
だから、時に子どものために身を削らざるを得ないお母さんたちに対して、「母親なんだから当たり前」と思わないでほしいと思う。
お母さんたち自身も、「できて当たり前」「できない私は失格」などと思わないでほしい。
生まれ持った「母性」などない。
ある日を境に違う世界に放り込まれ、戸惑い、傷つき、葛藤し、過去の自分と折り合いを付けながら、何とかここまで頑張ってきたのだ。
その事実があるだけなのだ。
 
 
 
 
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2020-05-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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