そしてまた、喫茶店へ帰ってゆく
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:Yuki(ライティング・ゼミGW集中コース)
柱時計の音を聞きながら、重い腰を上げ、その喫茶店を後にした。
駅へ向かう道すがら、周りの景色がなんだか、雨上がりの良く晴れた朝のように澄んで見えた。
僕にはお気に入りの喫茶店がある。
駅から少し歩いたところに、こっそりと存在する秘密基地のような喫茶店だ。
「隠れ家のような店」というのはよく聞くが、この店は子どもごころを忘れない秘密基地、と言った方がしっくりくると思う
最初に僕がこの店に入ったのは、もう7年前になると思う。
一人で本を読んだり考え事をしたりするのが好きな僕は、「会話禁止」というこの店の特徴に惹かれ、1時間半かけてこの店を訪れた。
実際に入ってみるとそこは、ただ「静かだから集中して本を読める」という以上の空間だった。
狭くて薄暗い店内は、観葉植物が生い茂り、窮屈そうに並ぶアンティークの机が独特の空気を出している。
30分ごとにボンボンと音を鳴らす柱時計に、魚の住む大きな水槽やショーウインドーからのぞく化石が独特の存在感を放つ、ジブリか何かの作品で見たことのあるような空間だ。
古びた机のひきだしには万華鏡やジオラマの模型が「僕でもっと遊んでよ」とでも言いたげに収まっている。
名曲喫茶やブックカフェなど、「会話禁止」を謳うお店は今でこそたくさんあるけれど、こんなに遊び心にあふれたお店は中々ない。
メニューには「ご注文は落ち着いたらいつでも、お好きな時にどうぞ」と書いてあり、控えめなBGMも相まって、優しさを感じる。
ただそういった雰囲気以上に、このお店に命を吹き込んでいるのは、机のひきだしに入っている、色とりどりの小さなノートだと思う。
ノートには、今までに訪れたお客さんの文字が残されている。
とりとめのないものも多いし、気ままにイラストを描いている人もいる。
でも一番目に付くのが、病気や失恋など、自分の中の苦しい思いを吐き出したものだ。
みんな悩みやモヤモヤしたものを持ってこの椅子に座って、自分の思いを吐き出していく。
そしてノートをめくり、過去にこの椅子に座った人たちの思いに触れ、「自分だけじゃないんだ」と励まされ、エネルギーを充電して帰っていく。
この空間が、僕は好きだ。
僕は最初にこの店に来た時に、悩んでいた。
というよりも、今もずっと悩んでいる。
小さい時から何をやっても人と同じようにできなくて、どこへ行っても馴染めない気がする。
いつも「自分はどうやっても人並みにはなれない」と思っていた。
7年前、最初にこの店に来たときは、大学を卒業して入った会社でうまくいかず、悩んでいた。
悩んでいたけど、「この人生をどこかで変えるんだ」というわずかながらの希望を持っていた。
それで初めてこの店の机に座ってノートを読んだとき、「1人じゃないんだ」と思った。
勿論そのノートを書いたのは、顔も名前を知らない人たちだ。
だけどその人たちがみんな同じ机に座って、それぞれが悩みやモヤモヤしたものを持っていて、ノートをめくって励まされたと考えると、仲間を見つけた、と思えるようになってくる。
病気や失恋、仕事の悩みなど、内容は千差万別だ。
それでもみんな、確かにここにいて、どこかでそれぞれの人生を頑張っていると思える。
そして、同じ空間、他の席にも、物思いにふけっている人や、熱心にノートに書き込んでいる人がいる。
「頑張れ」と思うし「自分もまだ頑張れる」と思う。
前向きなエネルギーを得ることができる。
実際のところ、私は今も悩んでいる。
それでもしんどくなれば、この店に帰ることができる。
そしてエネルギーを充電して、またもがく。
繰り返すことで、本当に少しずつだけど、前に進めていると思う。
この喫茶店は、ずっと変わらない。
ジブリっぽい雰囲気も変わらないし、インテリアも変わらない。
ノートは少しずつ増えていく。
この店に来て、ノートを開くと、なんだか「また帰って来たのね、いらっしゃい」と言われている気がする。
そして帰ってお店のドアを開けるときには「辛くなったら、いつでも帰ってきても良いんだよ」と声が聞こえてきそうな気がする。
僕にとって、ここは帰る場所だと思う。
この前、ノートをめくっていたら、一文だけ書かれたページが目に留まった。
「ここで君が過ごした時間は、きっと将来、君の宝物になる」
誰が書いたのかは分からない。
でもきっと、そうできる。
また、エネルギーを貰った。
柱時計の音を聞きながら、重い腰を上げ、その喫茶店を後にした。
駅へ向かう道すがら、周りの景色がなんだか、雨上がりの良く晴れた朝のように澄んで見えた。
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