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「人並外れて」生まれついてしまったが故の不幸がある


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記事:和辻眞子(リーディング倶楽部)
 
 
「いけ好かない」という言葉がある。
理由を訊かれてもうまく説明できないのだが、例え小説の主人公であっても、何となく好きになれないタイプがある。
 
『もっと塩味を!―Plus de sel, s’il vous plait!』(林真理子、2008 中央公論新社)のヒロイン、美佐子のことを読み始めて最初の印象は、申し訳ないが「普通の人」じゃないなというものだった。人によって基準が違いすぎるから、何をもって「普通」とするのかはわからないが、美佐子はいわゆる「普通の暮らし」をしている人とは言えないだろう。
 
財のある家に生まれ、容姿端麗で小さい頃からもてはやされ、婚家も裕福で、子どもにも恵まれ、大抵のことは叶えてもらえる。それでもなお、「もっとこうしたい、ああしたい」と渇望するものが沸いて出て、自然にしろ強引にしろ実現できてしまう。
 
もし「まだ欲しいものがある?」と問えば、必ず「YES」と答える。それもこちらが提示したもの以上のレベルを要求する。傍から見れば何と傲慢なと思うだろうけど、当人にとってはそれが当然として生きてきたから仕方がない。一応は礼儀も踏むし世間体も気にはする、でもその大胆さが、どうしても見慣れないのだ。
 
美佐子が憧れた世界、それは非の打ちどころのない物・人・環境に囲まれたものだったのかもしれない。1970年代の和歌山県がどんな雰囲気だったのか、そこに生きていた人々はどんな風習だったのか。その閉鎖性・排他性・女性の地位の低さが嫌で、美佐子はいずれはそこから抜け出したいと考えていた。
 
普通であれば、他から見て何不自由なく暮らしている主婦が、それも普通より明らかに恵まれた条件で生きている主婦が、全てを捨てて一から出直すなどと考えるのは余程のことだろう。きちんとした経済的な基盤を自分が持っているわけでもなく、いきなり専業主婦が家を、家族を捨てて出ていっても、たちまち路頭に迷うだけだ。
 
しかし美佐子にはそれを可能とするだけの天性のものがあった。それは彼女の味覚だった。誰かと一緒に同じものを食べたとしても、何故だか彼女だけはその食材の持つ魅力を引き当てることができる。どうしたらもっと食材が引き立つかを提案できる。フランスで修行をしてきたシェフや、美食家たちをして、
 
「舌が肥えてる、本当にうまいものがわかる」
 
と言わしめるほどの食に対しての感覚を、彼女は持っていた。
加えて彼女には、他者を圧倒する生まれつきの武器があった。彼女が東京へ出奔するきっかけとなった大久保の言葉を借りれば、
 
「美人で話が面白いときてるしな」
 
ということだ。美人というだけで人はそこに着目する。そして話が面白いとなればさらに人は集まる。レストランのマダムとして、十分すぎる素質が彼女にはあった。こうしてみると美佐子には幸福にしかならない運命だけがあるように見える。だがしかし、今その手の中に持っているもの以上に良い方向をと美佐子が進めば進むほど、不思議なことに彼女には不幸の香りが増してくるのだ。
 
その理由は、彼女の原体験にあるのではないだろうか。自分の願望を受け入れてもらいたかったら、大きな目を見開いて上目使いにまつげをぱしぱしと何回か瞬かせれば、大抵の男は私の言いなりになる。そんな体験を子どもの頃からしてきた美佐子にとっては、努力だとか知識だとかを懸命に仕入れる必要がなかった。だから物語に出てくる彼女の知識はどれも浅い。
 
パートナーと一緒に突き進むために、愛されたいから願いを聞き入れ協力した。でも彼女のそんな動きはほとんどが衝動的だ。こうと決めたら周りを顧みずに本能のままに即動く。
 
「愛した男の夢を叶えてやりたいし、愛を失いたくないからついていく、男も私と一心同体に決まっている」
 
生まれ持った素質から来る、自分の幼少期からの経験が積み重なって取った本能的な行動が蓄積されて、回り回って自分の首を絞めに来た。ただ、その過程があまりにも思い切りが良すぎて、ドラスティックが過ぎるから、なんとなく敬遠したいと思っていても、人は美佐子から目が離せなくなる。
 
生まれながらにして、運がいい人がいる。
生まれながらにして、人とは違う何かを持つ人もいる。
だが、それが幸せとは限らない。成功が華やかであればあるほど、不幸の翳りも深くなる。
普通に生きている者にとっては、成功者の生き方を眺めることはあったとしても、では憧れるか? と訊かれたら、答えに窮するのかもしれない。それでもきらめいた麻薬の誘惑に負けるかのごとく、覗いて見たくなる生き方がそこにある。
 
 
 
 
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2020-05-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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