祖父と家出とミントチョコレートアイス
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:石見由起(ライティング・ゼミ日曜コース)
8歳の時に、家出をしました。
学校へ行っても顔見知りはいない。アイスクリーム屋さんにはお気に入りのフレーバーがない。
どこへ行っても独りぼっち。
それもこれも、父の転勤で引っ越したせいだ!
私は引っ越しなんかしたくなかったのに!
おまけに大人たちの会話が許せませんでした。
「あら、子供はすぐ慣れるわよ。大丈夫、大丈夫」
これ、誰が言ってるんですか? 経験ですか? 8歳の時に転校したことあるんですか!
そして極めつけは母。
「家も嫌い、学校も嫌い、家出するもん」と宣言した私に、あろうことか母はこう言いました。
「そうなの。お弁当持っていく?」
大人は分かってなんかくれない。
素晴らしく晴れた夏の日曜日、8歳の私は全てを後にして家出をしました。
懐かしいあの町では親友が待っていたのです。何があっても戻る気はありませんでした。
電車に乗りしばらくして、私は重大な事に気が付きました。
「反対行きの電車に乗っちゃった……」
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どこに行っちゃうんだろう?
誰も知らないところに連れていかれちゃう。
その時、大きな手が私を捕まえました。
祖父が立っていました。いつものようにニコニコと笑って言いました。
「家出ってのは楽しいもんだなぁ! どうだ、次の駅で降りてみるか?」
私は祖父をお供に、初めての駅で下車をしました。
初めて降りた駅の、初めて行ったアイスクリーム屋さん。
初めて食べたミントチョコレートアイス。
「食べたことのない味もいいもんだろう?」
祖父は口ひげを撫でながら笑いかけてくれました。
陽が傾き始めたころ、私の気分も段々と暗くなってきました。
学校に行かなくちゃいけない。そう考えると、なんだか口の中が乾いてカラカラ。
「友達なんか出来ないかもしれない」
「お前は先の心配ばっかりしてるな」祖父はそう言いました。
新しい学校も新しい友達と遊ぶのも、案外楽しいかもしれないよ。ちょっとだけ時間がかかるかもしれないけどな。
そして私の頭をポンポンと叩きました。
18歳の時、私は再び家を出ました。今度は大学に入るために。
初めての町、初めての一人暮らし、初めての人間関係。
朝までお酒を飲んだこと。
電話代が跳ね上がって驚いたこと。
キャベツの千切りが出来なくてイライラしたこと。
ほんの些細な出来事にワクワクしたり、ガッカリしたり。
そして、初めて尽くしの中で夢中になっている時に、その知らせはやって来ました。
祖父が入院したと聞いて、私はすぐに実家に向かいました。
病院のベッドに起き上がった祖父はとても小さく、私は顔から血の気が引いていくのを感じました。
このまま祖父を失ってしまうのかな……。
何故もっと会いに帰らなかったんだろう。
忙しかったから?
そうじゃない、帰ろうと思えば帰れたはずだ。
心臓が痛くてたまらない。
息が出来なくて窒息しそうだ。
信じられないほど穏やかに、祖父は笑っていました。
お土産のチョコレートを美味しそうに頬張りながら。
もっと早く帰れば良かったと言う私に、祖父は微笑んで言いました。
「お前は若いのに後悔ばっかりしてるなぁ。そんなんじゃお土産がまずくなるだろう?」
そして私の頭を、ポンポンと叩きました。
5か月後、祖父は亡くなりました。
今でも、その時の夢を見ることがあります。
早朝のひんやりとした空気の中、煙になった祖父がゆっくりと登って行ったこと。
泣くには涙が足りなかったこと。
祖父がいなくなっても毎日が続いていったこと。
今でも、かすかに心臓が痛くなります。
そんな時にはミントチョコレートアイスの出番です。スプーン山盛りに掬って、舌の上でゆっくりと溶かします。
あぁ、この味だなぁ。8歳の私が戻ってくるような味。
決死の覚悟の家出、乗り間違えた電車、私を捕まえた大きな手。
あの日を思い出すだけで、呼吸が少しだけ楽になります。
誰かが傍に居てくれること、同じ時間を過ごすこと。それは奇跡に近い体験です。
家族や恋人、そして友人、同僚。
大勢が私の前に現れて、かけがえのない時間を与えてくれました。
たとえ彼らが、ほんの少しだけ自分の先を走って行ったとしても、一緒に過ごした時間は私の中から消えることはありません。それどころか、思い出が私の力となってくれます。どんな時も背中を押して、前へ進む勇気を与えてくれます。
永遠に続くものなど無いことは、誰もが知っています。
だからこそ、“今”が一番大事なはずなのに、私はいつも忘れているような気がします。過去の出来事を悔やんでみたり、起こってもいない未来の不安に気を取られていたり。
相変わらず私は、目の前の誰かを蔑ろにしているのかもしれません。
コロナウイルスの蔓延で世界は分断されたと、毎日のニュースで流れています。でも8歳の頃とは時代が変わり、繋がる手段も様々に増えました。どんな時代でもこの毎日は、さっさと忘れて良いような、無価値なものではないはずです。
今夜は大切な人に電話をしようと思います。
ゆっくりミントチョコレートアイスを食べながら。
***
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