京都 買います
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:近藤 泰志 (ライティング・ゼミ平日コース)
「ねぇ、あなたたち、京の都を売らない?」
その女性はそう言うと1枚の用紙を差し出してきた。
そこには『京都市民として、京都に現存する歴史的文化財に関する一切の権利を譲渡することを約束いたします』と書かれていた。
これは昭和43年に円谷プロダクションが制作したドラマ『怪奇大作戦』の第25話
【京都 買います】の1シーンだ。その女性……須藤美也子は、仏像の美しさが解らない人間から京の都を買い取り、仏像の美しさが解る人間だけの街、つまり仏像が安心して暮らせる場所にするために京都市民から京都を買い取る行動を起こしていた。
なぜ僕がこの話について書こうかと思ったのかというと、それは50年以上前に制作された
この【京都 買います】に登場した彼女の願いが、現代の京都で暮らす僕の願いとよく似ていたからなのだ。ではどのように似ていたのかをみなさんに伝えたいので、まずは時間の流れを新型コロナウィルスが蔓延する前の京都に戻させてもらいたい。
その頃、京都ではある大きな公害が深刻な問題になっており、僕を含めた京都市民が大なり
小なりなにかしらの被害を被っていた。
それは『観光公害』という名の公害である。
当時、祇園の花見小路では芸舞妓さん達を追い回し、無断で撮影をする通称『舞妓パパラッチ』と呼ばれる不逞な輩が出没したのを皮切りに、観光客が民家や商店に無断で立ち入り、記念撮影をするなどの迷惑行為が増加していた。
おかげで風情ある街並みにはおおよそ似つかわない禁止事項の描かれた立て札や看板が祇園のあちこちに建てられた。そこで暮らす人々にとってこうした心ない観光客は迷惑以外の何物でもない。まさに招かざる客だ。
そして、新京極、錦などの商店街では大きなキャスターバックを持ちながら大勢で歩いて通行を妨げる、大声で会話をする、道の真ん中で群がって撮影をする……などこちらも思わず眉をひそめてしまうような迷惑行為が至る所で起きていた。
『旅の恥はかき捨て』……という諺があるがいくら何でも捨てすぎだろうと僕はそういう観光客の行動を目にするたびに苦虫を咬み潰したような気持ちで眺めていた。
そしてついには京都市長から「京都は観光都市ではない。観光のために作られた町ではない」という公式見解が出されるまでになった。
混雑で乗れない市営バス、雨後の筍のごとく増え続けるドラッグストアやレンタル着物店、そして我が物顔で京都を闊歩する心ない観光客。僕のお気に入りの喫茶店もネットで探し当ててきたであろう観光客に占拠され、今は騒音まみれになってしまった。
なぜ普通に暮らしている僕たち市民が悶々とした思いを抱えながら生活をしなければならないのか。
一体京都は誰のための街なのか。
いつしか僕も劇中に登場する須藤美也子が抱いた願いと似たようなことを考えるようになっていた。
「京都の美しさを解らない人間から京の都を買い取り、京都の美しさが解る人間だけの街にしたい」
果たして美也子と僕の願いは皮肉なことに一時とはいえ現代の京都で叶ってしまった。
それは新型コロナウィルスによる自粛と渡航禁止。
世界中に蔓延したこの厄介なウィルスは京都から全ての観光公害を一掃した。
舞妓パパラッチも、大きなキャスターバックも、必要以上に大声で話す異国の言葉も、道の真ん中の記念撮影も……とにかくいままで不快に思っていた事の全てが嘘のように消えてなくなった。歩くのもやっとだった花見小路やいくつかの商店街は人影もまばらになり、観光客を探すほうが難しくなってしまった。
そういえば劇中で美也子の協力者がこんなことを話していた。
「可哀想に。仏像たちはまた、騒音とスモッグの街で観光客の目にさらされて……運命、運命かもしれんな、それが……」
今の京都は人気のない路地を歩くかのようにどの道も快適に歩くことが出来る。川辺を歩けばのどかに泳ぐ鴨の姿に心を和ませ、川のせせらぎや鳥のさえずりが耳を楽しませてくれる。あれほど悩んでいた観光公害すらもはや遠い昔の出来事のように思えてしまう。
おそらく京都にある無数のお寺に祀られている仏像もこの平穏な時間に心休ませているはずだ。京都は図らずも彼女が望んでいた『仏像が安心して暮らせる場所』になったのではないだろうか。
とはいえこの新型コロナウィルスが1日も早く終息して、元通りとまではいかなくとも皆が笑顔で安心して暮らしていける世の中になることを僕も切に願っている。
しかし、終息することでまた心ない観光客が京都に戻ってきてしまい、観光公害をまき散らしていたあの頃の京都に戻ってしまうかもしれないことに一抹の不安を感じずにはいられない。
新型コロナウィルスがもたらした観光客の消えた非日常の京都。
だが、もしかしたら今の京都こそが僕たち京都市民が待ち望んで手に入らないと諦めていた『日常の京都』なのかもしれない。
【京都 買います】……僕はいずれまたそう思う日がくるのだろうか。
***
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