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僕が夏に出会った「もう一つの海」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ひろり(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「あんたアルバイトは決まった? いい話紹介しちゃろうか?」
 
母は電話の向こうで怪しげに僕を誘った。
 
大学に入って最初の夏休みを迎えようとしていた6月末。4月から始まった新しい生活に慣れるのに必死でアルバイトを始める余裕が全く無かった。
 
ありがたいことに生活費は仕送りしてもらっていたのだが、サークルの活動費などなどで思いの外出費は多く、最低限の生活しかできずにいた。
 
大学の夏休みは2ヶ月あり、流石に何もせずに過ごすのも勿体ないと思っていたので、帰省しようか、アルバイトでもしようかとちょうど悩んでいた。
 
母が持ちかけてきたのは、地元の海水浴場の監視員アルバイトだった。
海開きのシーズンの7月末から8月のお盆の間、町の観光協会が監視員として毎日海に駐留するアルバイトを募集していたのを母が見つけてくれたのだ。
 
今でこそ海の監視員はプロのライフセーバーが勤めるのが普通になっているが、
当時ライフセーバーの認知度は低く、バイトでも大丈夫だった。
 
僕が惹かれたのはその日給。
朝の9時から夕方6時までで7000円。当時のアルバイト事情からしたら破格の値段だった。
 
正に渡りに船とはこの事だ。日給が高いだけでなく、海にずっと居られるのが嬉しかった。
青い空、白い雲、そして水着のお姉さん…… 最高じゃないか!
まだ採用されてもいないのに、僕は妄想だけどんどん膨らましていった。
 
それに、帰省できることが嬉しかったのにもう一つ理由があった。
入ったサークルで早速人間関係のトラブルに巻き込まれ、金欠な上に憂鬱な毎日を過ごしていたからだ。正直そこから逃げてしまいたかった。
 
バイトの面接会場は町の役場だった。
ここで不採用になってしまったら元も子もないので、できるだけちゃんとした格好で行こうと思い、一張羅のジャケットを着ていった。
 
その時、目についたのは、同じバイトの面接に来ていた他の人達だった。
よく見ると、いや、よく見ないでもひと目で分かる。
 
服装といい、髪型といい、目つきといい、全身から凶悪なオーラが全身から溢れている。
僕の一番苦手な人種、いわゆる「ヤンキー」のお兄さんたちだった。
 
それまで浮かれていた僕は一気に冷水を浴びせられた様に意気消沈した。
この人達と一緒にバイトしたら、パシらされたり、無茶振りされたり、挙げ句
イビられたりするんじゃないのか…
 
中学生の頃にヤンキーにカツアゲされて嫌な思いをした記憶が蘇り、テンションはだだ下がり。
でも、こんなおいしいバイトなかなか無いぞ!と日給の高さに負け、無事面接も合格したので一か八かでバイトを始めることにした。
 
バイト初日。自転車で海まで移動し、監視員の詰め所に入った。
 
採用されたヤンキー兄さんたちは既に出勤し、顔見知り同士であるらしく、既に談笑していた。
 
いよいよだ……
僕は恐る恐る「はじめまして、よろしくお願いします……」と挨拶した。
 
お兄さんたちの鋭い視線が一斉に向けられる。次に何をされるんだろう、
「何ガン付けとんじゃ、コルぁ!」とか凄まれるのか…… 蛇に睨まれたカエルのように、僕はその場に立ち尽くした。
 
でも、次の瞬間、お兄さんたちは皆一斉にニッコリして
 
「おう! よろしくな!」と挨拶を返してくれた。
 
想像の真逆を行く爽やかな挨拶に僕はずっこけそうになった。
昔の漫画のような修羅場になることを想像していた僕は、逆にこの状況をすぐに理解できずにしばらく呆然としてしまった。
 
一緒に仕事を始めたヤンキーお兄さんは5人。
話をしていくと、皆個性的な人物であることが分かった。
 
リーダー格のIさんは、背も高く、ケンカもものすごく強いらしく、周りからも一目置かれる存在だった。でも、決して暴力を振るうことは無く、いつもニコニコしていた。
オマケに漫画好きで、当時アニメ放送されていた少女漫画が特にお気に入りだった。「あれ面白いよね~」といつも嬉しそうに話していた。
 
副リーダーのOさんは豪快な人で、海に自分の彼女を連れてきたり、それなのに休憩時間に海水浴に来ていたお姉さんをナンパしに行ったりと破天荒で面白い人だった。
でも、とても面倒見の良い人で、お昼をおごってもらったりもした。
 
もうひとり気になったのは、Fさんだった。
体が大きく、一番見た目が怖かった。でも、特技が「民謡」と「演歌」。
おじいちゃんに仕込まれたというその腕前は相当で、機嫌が良い時はよく披露してくれた。
いかつい顔でコブシを効かせて歌うそのギャップに、聴きながらいつも隣で笑っていた。
 
後は、車をいじるのが大好きなSさん、1つ年下のフリーターのT。
 
見た目は怖いが個性豊かな人たちと毎日過ごすこと1ヶ月。たまにパシらせれる事はあったけど、最初に想像していた修羅場も全く無く、仕事とは思えない程の楽しい時間を過ごすことができた。人生経験も豊富で、僕の知らないことをたくさん教えてくれた。その話があまりにも面白いので、毎日ねだって話してもらったくらいだ。
 
バイト終わりのお盆が近づいてきた時、僕は改めて気がついた。
当たり前なんだけど、忘れていた事。
 
それは「人は見た目だけで判断してはいけない、大切なのは心なんだ」ということ。
 
大学生活始めた早々に人間関係のトラブルに巻き込まれ、いろいろな人の欲や思惑に振り回された。パッと見人の良さそうな奴が、裏で悪巧みを企て、それに騙されたりと入学早々散々な目に遭ってきた。
 
それなのに、このヤンキーお兄さん達はそういった下心、裏表が全く無かった。
確かに見た目は怖いし、言葉使いは乱暴だ。だから誤解されることもきっと多いはず。
でも、ヤンチャ小僧がそのまま大きくなった様な、不器用ながら真っ正直に生きている人達だった。まるで真夏の海だ、と僕は感じた。
 
人のせいで疲れ果てていた僕は、目の前の青い海と、真っ直ぐなヤンキー兄さん達、
この「二つの海」に洗われて、すっかり立ち直ることができた。
 
僕は心の底から、「この人達に出会えて良かった」と思った。
それまでも色々な人と出会ってきたけど、こんな気持ちになったのは本当に初めてだった。
 
それから、大学卒業までの4年間、毎年夏休みになると監視員のバイトをすることになった。お世話になったメンバーもほぼ固定され、毎年顔を合わせる常連となった。
 
おかげで僕の大学生時代の夏休みの思い出は、楽しいものばかりになった。
 
今でも時々思い出す。
 
あんなに気持ちの良い人たちとはもう出会えないのではないか、と。
今でもきっとどこかで、大きな心で生きてるんだろう。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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