メディアグランプリ

母のお好み焼きには具がたくさん詰め込まれている


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記事:ゆりのはるか(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「お母さん、お好み焼き作って!」
 
まだ実家に住んでいたころ、わたしはしょっちゅうそうやっておねだりしていた。
母の作る料理でわたしが一番好きなのはお好み焼きだった。
 
お好み焼きと言えば大阪、というイメージがあるが、母は別に関西出身ではない。
父の仕事の都合で大阪に引っ越したのを機に、「大阪人っぽいことしよう」と言って、母が作り始めたのがお好み焼きだった。
 
そのお好み焼きには、大量のお肉と大量のキャベツが入っている。
 
「具をたくさん入れる方がおいしいやん? これがポイントやねん!」
 
もはや“粉もん”の“粉”を超えて具が入っているのはどうかと思うが、それが母のポリシーだった。ほとんどお肉とキャベツでできたそのお好み焼きに、ソースとマヨネーズ、青のり、かつおぶしをかけて食べる。ひとりでも1枚ぺろっと食べられるその軽い食感は、母のお好み焼き特有のものだった。
 
母の作る料理には、とにかく具が多かった。
お味噌汁にも、カレーにも、スープにも。
具、具、具、具。
たくさんの具が詰まっていると、ああ、母の料理だなあって、そう思うようになった。
 
「ゆりのさんって、ほんとに詰め込むのが好きだよね」
 
社会人1年目。
上京して初めての上司にそう言われたとき、わたしは母の料理を思い出した。
 
「詰め込む……って何をですか?」
 
上司の言っていることに心当たりがなくて、わたしはすぐに聞き返した。
 
「とにかく、メモを取る量が多い。書きすぎ。なんか俺の言ってること全部頭に入れてんだろうなぁって思う」
 
たしかにわたしは書くのがとても速いし、言われたことはとにかくたくさんメモをする。
 
「同じことをもう1回聞き返すのも申し訳ないですし……お伺いしたことはできる限りたくさん詰め込んでいく方がよくないですか?」
 
わたしがそういうと、上司はフッと笑ってこう言った。
 
「それだと、自分で考えなくなるよ。言われたことしかできなくなる。そこに自分らしさをプラスしようって思えないでしょ?」
 
その言葉でハッと気づかされた。
たしかにわたしは上司の言うことをそのままコピーして、上司のようになりきろうとしていた。企画を作るときは上司に聞いた話を言われるがまま文章にまとめていたし、取引先にプレゼンをするときも、上司に教えてもらった通りの内容を一言一句変えることなく話した。
そこに自分特有のエッセンスや考えを足そうと思ったことがなかったのだ。
 
母の作るお好み焼きに対してもそうだった。
もうすでに具が詰まっているから、自分で何か足したり、味付けをしたりする必要なんてないと思っていた。
 
食べ終わるたび、あの独特のお好み焼きを自分でも作れるようになりたくて、わたしは母に作り方を教えてほしいとせがんでいた。
 
「お母さんのお好み焼き、ほんまに世界一大好きやわ。今度作り方教えて」
 
わたしがそう言うと、母はいつも笑って話を流した。
 
「えー、そんな難しいことしてへんよ。袋に書いてある通りに作るだけやで」
 
でも、袋に記載されているレシピを真似して作っても、あんなにふわっとしたお好み焼きができるわけがなかった。よく聞いてみると、水の代わりに牛乳を入れたり、お肉をレシピの倍ぐらい入れたり、いろいろと工夫がされていた。
 
母は、お好み焼きという大阪の定番料理に自分で様々な手を加えて独自のレシピを生み出していた。「具をたくさん詰め込む」という母の料理の特徴もきちんと残しながら。それは、持ち前のおっとりした性格が変わることはなくとも、少しでもその土地に馴染めるようにと大阪を愛し、大阪弁を覚える努力をした母らしいレシピだった。
 
母のレシピで作るお好み焼きはもちろん美味しい。
でもそれは、あくまで母の工夫によってできた“母の”レシピであり、わたしがそれを真似して作ったところで、“わたしの”レシピにはならない。
 
「俺が持ってない感性を、ゆりのは持ってるんだよ。ゆりのだからできることがある」
 
上司はよくわたしにそう言ってくれた。
完成されたものに意見を述べて、自分の具を足していくのはとてもこわい。だが、それが求められていた。それがわたしのすべきことだった。これまでのやり方のコピーだけではだめなのだ。
 
新しいアイデアを取り入れることで、失敗することもあるかもしれない。でも、とんでもない化学反応が起きて、より良いものが出来上がるかもしれない。いずれにせよそれは、やってみないとわからないことだった。たとえ上手くいかなかったとしても、それはそれで次のステップに進むためのヒントとなる。挑戦しないものに成長はないのだ。
 
お好み焼きだってそうだ。
わたしが具を足すことで、もしかしたらもっとおいしいレシピが生まれるかもしれない。
 
次に帰省した日、わたしは母のお好み焼きに対して、新しい取り組みをした。
 
「お母さん、チーズかけていい?」
 
母のお好み焼きにとろけるチーズをかけたのだ。
確実においしいとわかっているものに手を加えるのは勇気が必要だった。でも、母は予想以上にノリノリだった。
 
「いいやん! おいしそう!」
 
食べてみると、もともとのふわっとした食感にチーズのとろみがうまく組み合わさって、より一層おいしくなった。これまで試したことがなかったのが、もったいないとすら思った。
 
これが、わたしが見つけた、わたしの味。
完成された母のお好み焼きに、わたしが選んだ具を足してできた味。
そう思うとなんだか愛着がわいて、チーズのかかったお好み焼きがもっとおいしく感じた。
 
すでに詰まっているものもいいけど、それがどんなに完璧なものでも、自分で具を足した方がより良い味が出るのだ。
 
明日の仕事では、どんな意見を出そう。
できる限り調べて、考え抜いて、わたしらしい具を足したい。
完成されたものを大切にしながらも、そこに新しいものを足していく挑戦ができるわたしでありたい。
そう思うと、なんだかワクワクした。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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